TPPダメなものはダメとなぜいえない(後編)

3 国内対策について

 

ちょうど今、TPP国内対策が取りまとめられている最中ですが、ちょっと見た限りでは、従来の自由化対策と基本的に同じで「再生産可能となるような」新たな対策はなく、これでは従来通り農業・漁業は今後とも確実に衰退していくと思います。

 

TPP国内対策についても、鈴木教授はペーパーで農業の例を挙げその問題点を指摘されています。私は農業の素人なので「生産コスト差額補てん」や「ならし」の意味を正確に理解できませんが、鈴木教授はTPP以前に生産現場の疲労が進んでいる現状を踏まえ、せめて米国の収入補てんの仕組み(生産コスト水準を保障した上で、各農家の選択で加入する収入保険)を行えとしております。

 

私も国内対策は、食料安全保障上からだけでなく、世界の多くの人々を不幸に押しやっている格差拡大による経済の低迷と社会不安の拡大の元凶である自由貿易やグローバル化の弊害をただすためにも、きわめて重要であると思っています。

 

そこで、従来の国内対策を根本から見直すべき方向について、私の考え方をここで披露させていただきます。

 

(1)デメリットを補てんできない「悪い貿易」は、課税で排除せよ

 

貿易自由化により、輸出産業及び輸入品(サービスも含む)を扱う産業はメリットを得る一方、輸入品により市場が奪われる国内産業はデメリットを被ります。しかし、自由貿易推進者は総体としてメリットが勝るから自由貿易は国を豊かにするといっています(良い貿易)。しかし、現実は一部の輸出産業や輸入産業が少し豊かになるだけで、多くの国内産業はより貧しくなり、総体としては国が貧しくなっています(悪い貿易)。

 

 

そこで、「良い貿易」なのか「悪い貿易」なのかを見分け、「悪い貿易」を排除する方法があります。それは、貿易自由化によりメリットが増加する関連産業から、その見返りとして悪影響を被る国内産業分野のデメリットを補てん(国内対策)させるために、税制を通じ利益を移転させることを厳格に義務付けるのです。総体としてメリットが勝る貿易であれば、当然デメリットを補てんできるはずです。

 

例えば、TPPで今までよりも相手国の関税が引き下げられ100円儲けることになる輸出企業に対し、そのバーターとして差し出した国内産業への対策費を課税して、それが50円で済めばその企業は50円儲けることになり、これは「良い貿易」です。

 

一方、TPPで輸入関税が引き下げられ100円安く輸入商品を買える企業に対しても、同じくそのための対策費が50円で済めば、その企業は課税された後も50円儲けることになり、これも「良い貿易」です。(この方式は畜産物の輸入関税を国内畜産業の振興に使用する制度と似ていますが、それも今後は関税が引き下げられれば減っていきます。)

 

ところが、儲けが100円しかないのにその国内対策費が150円かかる品目(サービス)があるとすれば、その品目の輸出・輸入のいずれも「悪い貿易」です。

 

よって、貿易により儲けようとする企業は、儲け以上の税金を払いたくないので、そのような品目(サービス)の輸出もしないし、輸入もしない。これで「悪い貿易」は自ずと消滅し、「良い貿易」のみが残ることにならないでしょうか。

 

例えば、トマ・ピケティは格差拡大を是正するための方策として、「累進課税の財産税(富裕税)」を世界的に導入することを提案しています。これにならい、国家間又は個人間での富の偏在を拡大させる「悪い貿易」に対する課税を強化すべきと思います。これは貿易がもたらす負の側面である社会・経済的悪影響に対する是正コストを、その原因者に支払っていただく至極当然のことです。

 

これにより、本来の貿易の原点、すなわち互いに不足するものを交換し合うことで、相互の国民が豊かになるような、ウインウインの関係を取り戻すことができると思います。不足するものを輸入するということは、国内の関連産業に悪い影響を与えることが少なく、犠牲者を出すことがないからです。自国内でそれを作れるのに、安いからといって外国から買って来て国内市場を奪い、失業者を生じさせる行為は貿易ではなく「市場泥棒」と思います。

 

貿易や税制の専門家からするとめちゃくちゃなことを言っているかもしれません。しかし、もともと教科書にあるリカードの貿易メリット論は、英国の毛織物業者が自国のワイン業者を救い、ポルトガルのワイン業者が自国の毛織物業者を救うことで、貿易に伴う国内の失業者が出ないことを前提としているからこそ成り立っています。

 

とすれば、野放しの状態にある自由貿易の「自由」を、他人を犠牲にして(失業させて)自分の強欲を追及する「自由」と捉えた「悪い貿易」を是正するための「悪い貿易排除税」のようなものは、まったくの見当外れでもないと思います。これで「泥棒」を退治し、本来の「貿易」の姿に戻せるのですから。

 

なお、理屈の上での話ですが、今回の合意は日本にとってデメリットがメリットをはるかに上回りますので、「悪い貿易排除税」が成立すれば、儲けより税金がはるかに高くなり、アメリカとの間ではTPPによる新たな輸出も輸入も増えないことになります。

 

これで、日本からアメリカへの富の流出が止められる、わかりやすく言うと「日本市場泥棒」退治ができると思うのですが、如何でしょうか。

 

(2)国内対策は手段ではなく結果に責任を持つ方式に転換すべき

 

ひとつのたとえで考えてみましょう。車を運転されている皆さんは、おそらく自賠責保険のみではなく、任意保険、しかも対人無制限の保険に加入していると思います。それは相手に後遺障害を負わせたとき、場合によっては認定損害額が3億8千万円にも達した事例があるからです。

 

どうしてこんなに高いのでしょうか。それは治療費のみではなく、逸失利益(事故にあわなければ得ていたであろう将来の収入)と将来の介護料も損害額として認定されるからです。つまり、事故にあった以降も、被害者がそれまでの生活が維持できることに着目し、加害者に賠償責任を負わせているからと思います。

 

ちょうどいま検討されているTPP国内対策を、この例になぞらえると以下のようになります。この場面は病院内での加害者(A)と被害者(B)の会話として想定してください。

 A:このたびは事故を起こしてすいません。そこで、本日は治療費と車いす代を支払いに来ました。

B:私には、重い障害が残り、仕事をやめなければなりません。それだけの支払いでは退院後生活していかれません。どうしてくれるのですか。

A:それでは車いすを電動にして差し上げます。職業訓練のための経費も上積みしましょう。

B:冗談はやめてください、生活していくための補償はどうしていただけるのですか。

A:何を甘えているのですか! 生活費補償などするとあなたはモラルハザードを起こします。あなたは今回の事故をピンチではなく、むしろチャンスにして「攻めの被害者」にならなければならないのです。私は、意欲ある被害者が希望を持って生活再建に取り組むための、再生産可能となるための経費なら支援します。

B:・・・(あきれはててものが言えない状態)

 

このように、人に迷惑をかけておいて、その被害者に回復する意欲があるなら支援するなど、こんなふざけた責任転嫁の対策は一般には通用しません。

 

しかし、平成6年のウルグアイランド合意関連農業対策もそうでした。農業生産手段の改善に、いくら多額の予算をつけても「車いす」を豪華にするだけのようなもので、現実として農業の衰退は避けられなかったのです。農業者が引き続き農業で生活していけるコストに見合った不足額を継続して手当しない以上、被害者に対する結果責任は果たせないのです。

 

今回は、この失敗を繰り返さないように、農業者や漁業者が今後も生活でき、その産業が持続できる:再生産可能なるよう「結果に責任をもつ対策」に転換するべきと思います。

 

これを過保護というなら、EUでは農業所得の95%前後(日本は15.6%)が補助金となっている事実や、米国の1兆円規模の輸出補助金などは、超・超・超というほどの過保護ではないでしょうか。鈴木教授は、ペーパーで以下のようにいっています。

日本農業が過保護だから自給率が下がった、耕作放棄地が増えた、高齢化が進んだ、というのは間違い。過保護なら、もっと所得が増えて生産が増加しているはずだ。逆に、米国は競争力があるから輸出国になっているのではない。コストは高くても、自給は当たり前、いかに増産して世界をコントロールするか、という徹底した食糧戦略で輸出国になっている。つまり、一般的に言われている「日本=過保護で衰退、欧米=競争で発展」というのはむしろ逆である。

このように、食料を戦略物資と捉える欧米と、自給率がいくら下がろうが気にしない日本との、国家のあるべき姿に関する考え方の違いが根本的な問題のようです。

 

よって、この超・超・超な過保護こそが、自由貿易促進派の大好きなグローバル・スタンダードですので、それを日本に導入することを政治が決断さえすれば、都合の良いところだけをつまみ食いしようとする彼らも、反対はできないはずです。

 

もちろん、TPPとは関係なく日々の品質の向上やコストダウンのための努力はしなければなりません。そんなこと外からいわれなくても優秀で勤勉な日本の生産者はやっています。私は現場でそれを見ています。

 

むしろ、経済界の方こそが、国内工場での品質の向上やコストダウンができなかったからこそ競争力を失い、日本人を見捨て、安い労働力を求めて外国に工場を移転させたのではないでしょうか。家電業界の窮状を見れば、農業・漁業に対し偉そうなことを言う資格も暇も彼らにあるのでしょうか。自分の頭のうえのハエを追う方が先。

 

しかし、自助努力にも限界があります。鈴木教授のペーパーには、日本の農家は平均で2haもないのに、競争すべき相手(例えば西豪州の小麦農家)の耕地面積は、畦なしの1区画が100haあって、全部で一戸5800haと紹介されています。集約化が進んだとしても、とても敵う相手ではありません。むしろTPPにより日本では規模の大きな専業農家から先に潰れていくとしております。

 

農林水産省は、農地を集約してコメ作の競争力を高めるとしています。一般論としてその施策効果は否定しませんが、コメ作の実態からするとそれは逆の結果を生むのではないかという気がします。

 

一番競争力のあるのは、他の就業所得で生活を維持し、コメ作が赤字でも構わない兼業農家のような気がします。課税強化により兼業農家から無理やり農地をはぎ取り、世界的に競争力の弱い専業農家にまとめたら、日本でコメを作る人がいなくなるのでは。これも日本のコメ農家を一網打尽にするアメリカの深慮遠謀に沿ったものなのでしょうか。素人の私にはそう見えます。

 

安倍首相は記者会見で、TPPは「国家百年の計」といっております。なら、安全保障関連法の成立にかけたその熱意と強引さをもって、「食料安全保障」の確立のため「百年先の結果に責任が持てる岩盤のごとき農業・漁業対策」も決断していただきたいと思います。チョット欧米に見習うだけの簡単なことですから。

 

国民の安全、安心のためというなら、軍事上の安全保障と食糧の安全保障は一体のものでなければなりません。にもかかわらず、その後者はやらないとすれば、それはアメリカの利益にかなわないからという以外の理由が見当たりません。とすれば、そもそも安倍内閣とは、本当に日本を守るために安全保障関連法を提出したのかという、根本的疑いすら生じてきます。

 

4 闘いは未だ終わっていない

 

(1)孤軍奮闘の鈴木教授につづけ

鈴木教授のペーパーで最も感銘を受けたのは「闘いはこれから、諦めるのは早い」という農業者・漁業者に向けた孤軍奮闘の主張です。これを読んで、漁業現場にいながら何もしていない自分が恥ずかしく思えるようになりました。その主張を以下に紹介させていただきます。

 

政府は、「もう終わったこと、あとは攻めの農業のみ」というような雰囲気づくりをメディアも総動員して進めている。TPPに反対してきた人や組織の中にも、目先の自身の保身や組織防衛に傾き、現状を受け入れて、条件闘争に陥る人もいるだろう。しかし、それでは現場で頑張っている地域の人々や農家は浮かばれない。党の公約と国会決議はすべて反故にされた。決議と整合するとの根拠が示せない限り、批准の手続きを進めることは許されない。他の国は、米国を筆頭に国内の反対が強く、簡単に批准などできる状況でない。我が国だけが、政府にいいようにあしらわれては恥ずかしいことになる。最後まで、現場の人々ともに、強い覚悟を持って、我々の食と農と暮らしの未来を切り開いていくために闘う人たちがなくてはならない。闘いはこれからである。

 

さらに、「困難が予想される各国の議会承認」として以下のように紹介しています。

 

 米国議会がTPA(オバマ大統領への交渉権限付与)の承認にあたり、TPPで米国が獲得すべき条件が明記されたが、通商政策を統括する上院財政委員会のハッチ委員長(共和党)がTPP合意は「残念ながら嘆かわしいほど不十分だ」と表明し、このままでは議会承認が難しいことを示唆している。ハッチ氏は巨大製薬会社などから巨額の献金を受けている。次期米国大統領の最有力候補のヒラリー・クリントンさんも雇用が失われるなどの理由で反対を表明している。

カナダでは新政権がTPPに反対する可能性が指摘され、豪州、ニュージーランドにも不満が残っているといわれ、各国とも、このままで批准される見込は高くないと思われる。米国からは、議会承認のための追加要求が出される可能性もある。このような中で、日本政府だけが前のめりに、米国からの追加要求に応えつつ、批准に向けた国内手続きを急ぐのは愚かである。農業関係者なども、もう決まってしまったからと、あきらめモードに入るべきではない。

各国では日本と異なり、「ダメなものはダメ」という反対意見が強いようです。

日本から獲れるものはすべて獲得したようなアメリカですら、国内に「雇用が失われる」という反対があるのは意外です。

 

これは、その貿易の利益が一部の企業や投資家にとどまり、国内で公平に配分されず、格差の拡大につながるというグローバル化そのものが有する根本的弊害に対する一般国民の反対ではないかと思っています。とすれば、TPPへの反対運動とは、いずれの国にもある1対99の格差反対運動であることから、国家間の勝ち負けとは関係なく、米国においても国民が反対に回る可能性もあるのではないでしょうか。

 

いずれにせよ、日本の交渉団が「日米とニュージーランドとの力は、100対1だからねじ伏せられる」と称したそのニュージーランドの最後までの頑張りと比較すると、一体日本政府は何をしてきたのかと思います。その政府がおかしいのなら、国民がそれをただすしかありません。組織が動かないなら、私たち一人一人が、孤軍奮闘する鈴木教授につづき、最後の最後まで反対の声をあげていくしかないと思います。

 

(2)本質問題は政治に選択肢がないこと

 

農業と漁業を確実に衰退させるTPP合意について、関係団体が「ダメなものはダメ」と言えないのは、政治の選択肢がないことに尽きると思います。

 

そのことは、子供が一人もいない高齢者ばかりの熊野の漁村に住んでいたときに、痛切に感じました。自民党の候補者が選挙演説に来た時に、TPPについて奥歯にものが挟まったようなあいまいなことしか言わないのにだんだんと腹が立ってきました。候補者が去った後、村人に対し、ここまでこの漁村が衰退したのは自民党のせいでもある、みなさんはなぜ自民党を応援し続けるのかと聞きましたが、昔お世話になったというくらいで明快な回答はありませんでした。

 

農業・漁業の一番の不幸は、これら食料産業とそれを支える地方を真剣に守っていこうとする政党が、日本に存在しないことです。

 

TPP交渉参加を決めたA級戦犯が、野党第1党の民主党ですからどうにもなりません。一貫してTPPに反対してきたのは日本共産党ですが、安全保障政策が「自衛隊の解消」では食料産業以前に国そのものがなくなりこれも選択肢になり得ません。

 

鈴木教授も次のように指摘しています。

 ただ残念なのは、農業関係者も,JAも、だまされて、だまされて、また、だまされて、ここまでやられて怒っているが、結局、政権党支持から抜けられない状況が地域では多い。代わりに投票する選択肢がないとよく聞く。しかし、そんなことはない。真に地域の声、農家の声を代表してくれると思う自分たちの代表をしっかりと立てて、その人に投票すればよい。翼賛政治を打破するための国民的連携も必要である。こうした運動を全国的に展開し、こんどこそ、だまされたままでは終わらせないことが重要である。

 

全く共感します。

 

昔であれば、自民党内で地方を支持基盤とする議員が、党を割る覚悟でTPPに大反対していたでしょう。でも今は皆さん官邸に「右向け右」の状態です。アメリカではオバマ大統領の与党である民主党の議員の方が、野党共和党よりもTPA(オバマ大統領への交渉権限付与)に反対した議員が多かったというのですから、どちらの方が健全な民主主義なのでしょうか。

 

おそらく、小選挙区制が原因でしょう。あの郵政民営化選挙の時に、当時の小泉首相が放った「非公認、刺客送り込み」戦術に、すっかりおびえあがったのでしょう。欧米由来の民主主義とは、個々の議員が強い意識をもって当選してはじめて機能する個人主義の国のものであり、日本のような集団帰属意識の強い民族には向いていないような気がします。中選挙区制の時には、自民党には派閥というのがあり、派閥間の抗争が政策の転換を行う機能を実質的に果たす「村社会型民主主義」だったのかもしれません。

 

今回のTPP合意で、農業・漁業関係者は、政権与党を支持すれば何とかなった時代は、完全に去ったと認めざるを得ないでしょう。鈴木教授が言われているように、遠い険しい道のりであっても、第一次産業と地方の利益を守る新しい政治勢力を立ち上げるしかないと思います。

 

 

 

氷山物語(おしまい)

 

休みの方が多かったようなこのシリーズも、もう寒くなってきたので今回でおしまいにします。

 

南極のお土産と言えば、なんといっても氷。何万年も前の空気が閉じ込められ、水割りにするとあのパチパチと音がする氷山の氷です。いよいよ南極海もあとわずかとなったころから、氷山探しが始まります。大きい塊は固く締まってよいのですが、重くて船にとりこめません。一方小さいものだと海水がしみ込んでダメです。この相反する条件を満たす氷山を探すのが、何度も南極海に来ている船員の腕の見せ所。そこで最終的に持って帰ったのが、以下の写真にある氷でした。材料費はタダですが、片道1か月弱の燃費などを考えると高いものになるのでしょう。

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 この航海においては、シー・シェパードの妨害活動で何度も危険な目にあわされ、活動家に夜陰に紛れて乗り込まれるなどいろいろありましたが、母船への直接的な妨害は回避することができ、何とか調査活動を終えることができました。下の写真は、ニュージーランド東方海上を日本に向かって帰航するときに見た夕焼けです。ようやく闘いが終わったという安堵感もあったせいか、やけにきれいに見えたので写真に収めました。

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