輸出のし過ぎが日本を不幸にした(後編)

 

政府は以下のグラフのように、

農林水産物・食品の輸出額を2012年の4500億円(うち水産物1700億円)から、2020年までに1兆円(うち水産物は3500億円)に拡大する目標を立てています。すでに水産物は2015年で2757億円に達しており、この3年間で1000億円以上増えていますので、残る5年で目標を達成する可能性は十分あると思います。

輸出拡大

(「農林水産物・食品の輸出促進対策の概要」平成26年3月 農林水産省 より引用)

 

おそらくマスコミも「やればできるではないか」と、農林水産業界をおだてあげるヨイショ記事を書きまくるでしょう。その時に経済界は「やったー、罠にはまった」と腹の中で笑っていても口では「ようやく私たちの仲間になれたね」とか称賛するかもしれません。「輸出が増えてよかった」という農林水産業、マスコミ、経済界の3者の意見が一致するという珍しい現象が生じるのです。

 

しかし、そのような記事が国民の目に触れる機会が多くなると、輸出のメリットを打ち消してしまうもっと大きな問題(しっぺ返し)が日本国内で起こってくる気がしてなりません。以下、その想定される問題点を列記したいと思います。

 

問題点1 TPP参加反対で共闘した消費者を裏切ることになり得ること

 

農林水産業の各中央団体は、「TPPから日本の食と暮らし・いのちを守るネットワーク」を結成し、生協などの消費者団体と共にTPP参加に反対してきました。もちろん、消費者にもいろいろな考え方があり、例えばマスコミが言うように農林水産物の多くの関税が撤廃されることで、「小売価格が下落」「消費者に恩恵」「食卓へのメリット大きい」と歓迎する消費者もいるでしょう。

 

しかし、多くの消費者団体は、TPP大筋合意を受け抗議声明を発表しました。マスコミによれば「消費者に恩恵」のはずなのにどうしてでしょう。その理由は、消費者にある以下のような意見を踏まえてのことです。

 ・TPPに不安でいっぱいだ。外国の牛はどんな飼料を使っているのかわからない。小さな子供の口には絶対入れたくない。

・消費者は食費が安くなることだけを求めているのではない。

・一番大事なのは、家族の健康。

・国内農業を守り、国産を安心して食べ続けられる環境を維持することが、食卓を守る主婦が求めていること。

 (日本農業新聞ニュースサイト 2015年10月20日 より引用)

 

そういう中で、ともにTPPに反対してきた農林水産業関係者が、自由貿易大賛成に転向したかのごとく、政府の方針に従い「我が国の高品質で安全な農林水産物・食品の輸出を一層促進するため」に浮かれている姿を見て、消費者はどう思うでしょうか。

 

おそらく消費者から見れば、以下のように考えるでしょう。

 

①TPPにより外国産の食料がより増える。

②このままでは、食料自給率は今まで以上に下がる。

③にもかかわらず、国内産の「高品質で安全な」食料はどんどん輸出されていく。

④結果、日本の消費者は外国産の「低品質で安全でない」食料を食べるしかなくなる。

 

かつての池田勇人元首相が国民に言った「貧乏人は麦を食え!」とおなじく「貧乏人は外国産の豚を食え!」とでもいうのかと。

 

このように、消費者にとって「ブルータスお前もか」ではありませんが、結局、農林水産業界も経済界と同じように「自分さえ儲ければよい」だったのかと受け止められるでしょう。

 

私が一番心配するのは、財界やマスコミによる「食料の輸入完全自由化大賛成」「作るな、買え!」攻勢なかで、冷静に食糧の本質を見失わず、第一次産業を支持してくれた唯一の味方ともいえる主婦に「この裏切者」といわれることです。そうなれば、日本の第一次産業は終わりです。

 (参考)消費者団体の食料安保への意識の高まりの経緯

消費者団体は、主婦連合会を始め地域婦人団体連絡協議会、消費者科学連合会、日本生活協同組合連合会などがあり、そうした消費者団体の農業に対する運動は、昭和30年に起こった消費者米価値上げ反対運動から安い輸入農産物を求める運動につながり、ウルグアイラウンドが妥結したころにピークを迎えたと考えられます。しかし、平成5年にコメの大凶作が発生し、295万トンもの大量の緊急輸入米が国内に出回ったことから、「食料安保」の意識が急速に広がったものと思います。それが、BSEや中国産野菜の残留農薬問題で一気に高まったのでしょう。

(「日本農業の動き No189 農政運動と政治」 平成27年11月4日発行 農政ジャーナリストの会 より引用)

 

誤解されるといけないので申し添えます。

 

私は、消費者のため一尾たりとも輸出してはいけないと言いたいのではありません。現に、現行の貿易制度下においてそんなことはできません。なぜなら、仲買人が市場で魚を買った後、それが国内に向かられるのか、海外に出ていくのか、それは漁業者の意向にかかわりなく決まっていくことですから。

 

漁業者にも消費者の立場を十分理解し、できる限り国内で食べてもらいたい思いはありますが、魚価安の中では「自分たちも生きていくためにはやむを得ない」とするのが現実で、それを批判できる人はいないと思います。また魚種によっても事情が異なるでしょう。例えば、国内ではほとんど値段がつかない北海道の秋サケの「ホッチャレ」や、少し供給過剰となるとすぐに魚価が下落し採算ラインを割る「養殖ハマチ」などでは、その輸出促進も消費者の理解が得られるでしょう。

 

しかし、政府が率先する輸出促進策にのって、全国各地の漁業者が今まで輸出されていなかった魚を輸出しようとするとなると、これは消費者から見れば大問題ということです。そこで、私が言いたいのは「漁業者は輸出には淡々としておればよい」ということです。

 

というのは、特に漁業者が何もしていなかった1980 年代に、日本の水産物輸出は数量で100 万トン近くにまで達し、金額で3 千億円を超えることもあったからです。ホタテやサバのように世界的に見て価格競争力があるものは、黙っていてもその道のプロである輸出業者がちゃんとやります。

 

よって、政府に騙され漁業者自らが前面に出て輸出促進をやる必要はないということです。仮に、やるとしても輸出業者を前面に立てて後ろについていき目立たぬように「こっそりとやれ」ということです。そうすれば、輸出が伸びていっても、それは輸出業者が勝手にやっていることで『われ関せず』とし、今後も堂々と政府に向かって輸入自由化反対を唱えられるのですから。

 

問題点2 国内の漁業者間の対立を生み出しかねないこと

 

 南北3000キロ、浅海から深海まで多様な環境下にある日本周辺海域ではどのくらいの種類の魚がいるのでしょうか。2000年12月に出版された「日本産魚類検索 全種の同定」第2版(中坊徹次編,2000)には,352科3,887種が掲載されていると聞きます。もちろんそのうちの一部しか食用として流通していないでしょうが、これを支えているのが地域の多様な食文化であろうと思います。

 

 これらの多くの魚種が均等に輸出に回るでしょうか。それはあり得ません。輸出向けとしての魚はさらにごく一部に限られてくるでしょう。とすれば、日本の漁業者は、輸出拡大で儲ける漁業者と、輸入水産物に苦しめられる漁業者に、2分されかねない状況が発生するでしょう。これは、現在の日本の産業構造に見られる、一部の大手輸出企業と、安い海外製品との競争にさらされる地方や中小の企業との2分化のようなものです。

 

そこで思い出されるのが、かつて日本国内でのウナギ養殖団体が分裂した経緯です。(今は再び一本化されたと聞きます)

 

2分化する前の全国団体は国内養鰻業者のための活動を目的としていました。その団体の抱えていた大きな問題は、中国などからのウナギの急激な輸入増加による価格の低迷でした。そこで、セーフガード(緊急輸入制限措置)の発動を政府に働きかける決議をしようとしたときに、団体内で対立が生じました。ある県域の養殖業者は、自分で養殖したもののほかに、輸入ウナギを加工して国内に販売することで収益を得ていたことから、その決議に反対したのです。これに養殖を専業とする県域の会員が怒って「国内養殖より輸入の方を大切にするような団体にはおられない」として脱退し、別の全国団体を立ち上げたのです。

 

輸入と輸出という違いはありますが、水産物輸出が拡大していくと、どこかの時点で、例えば関税率の緩和でメリットを受ける漁業者とデメリットを受ける漁業者の対立が国内で生じないかと危惧されるのです。

 

「農林水産物・食品の輸出促進対策の概要」(平成26年3月 農林水産省)に以下のような表があります。

関税率

 

この表は一体何がいいたいのでしょうか。初めて見たときに「国内産業を守るために、日本は相手国に対し高い関税率を維持し頑張っている」といいたいのかと思ったのですが、そもそもこの資料の目的が「輸出促進」であるので、それはないだろうと。とすれば、相手国の関税率だけを掲載すればよいのであって、わざわざ備考欄に日本の関税率を掲載した意図は何なのでしょうか。

 

「輸入阻止より輸出の方が楽しい」という政府がこの表で言いたい本音は、「輸出相手国の関税率を低くしたかったら、日本の高い関税率を引き下げる必要がありますよ」にあるような気がします。おそらく輸出拡大のために、日本の関税を撤廃の方向に誘導したいがための資料なのではないでしょうか。

 

ただし、いまの日本の漁業者であれば、相手国がどうであれ日本の高い関税率の維持を主張するでしょうが、今後本格的に水産物輸出が拡大していけば、「相手国の関税率引き下げのために、日本の関税率の引き下げもやむなし」という主張が国内漁業者の中から生じかねないと思います。そうなると、かつてのウナギ業界と同じになってしまいます。

 

この表をみて騙されないように気を付ける点があります。相手国の関税がゼロになっているのに、日本が高いのはどうか(小泉純一郎元首相の言葉を借りると「合理的でない」)と受け止める必要は全くありません。例えば、日本における輸入外国車の関税はとうの昔にゼロとなっており、あの超高級乗用車「ベンツ」や「BMW」にさえ関税をかけていないのに、国内での外国車のシェヤーはわずか6%です。これと同じように日本に対する関税をゼロとしているのは、相手国にとって日本からの輸入が国内産業にとって脅威にならないからです。なお、ドイツ(EU)はしっかり10%の関税をかけています。さらにアメリカは2.5%ですが、先のTPPの大筋合意では、日本に対する農・水産物の関税の撤廃又は低減の要求をどっさり勝ち取ったにもかかわらず、唯一の見返りといえるわずか2.5%の自動車関税の撤廃に25年もかけるのですからあきれます。このように、相手が低いのに、自分は高いなどと気にする必要は全くないのです。ボクシングでいえば、重量級の階級への軽量級の選手の参加に制限を付ける必要がないのと同じでようなものですから。

 

いずれにせよ、かつての植民地支配において欧米列強がとった常套手段の「国内の利害対立をあおり、分断統治する」策謀にのせられないよう、「国内漁業より輸出を優先」に絶対ならないよう、日本漁業者は結束しなければならないと思います。

 

 

問題点3 いずれ高品質は真似されて、逆に国内市場すら奪われかねない

 

平成26年の国内における水産物の生産額(約1兆4000億円)は、農業の総産出額(約8兆4000億円)の17%であるにもかかわらず、輸出金額は、水産物2757億円、農産物4432億円と62%(平成27年)であり、国内生産額に対する輸出の比率が3倍以上高いことがわかります。

 

その理由としてあくまで私見ですが、輸出品目の上位3魚種(ホタテ、サバ、サケマス)を見るとこれが高品質であるというよりも、日本の周辺海域は世界でも優良な漁場であるなど、生産量があるレベルに達し、狭い国土ゆえにその生産量が限られている農業と異なり、世界市場の中でも価格面での競争力があるからではないかと思います。

 

しかし、今後の農林水産物の輸出戦略は、価格は高くても「高品質と安全性」をセールスポイントとして海外の富裕層をターゲットに売り込んでいくものです。そこで心配になるのが、この「高品質」とはいつまでもつのかです。

 

過去の日本の輸出産業の花形であった、繊維、鉄鋼、造船、電機などのその後の衰退振りを見ると日本の誇る「高品質」はいずれ外国に追いつかれてしまうと覚悟しなければならないと思います。まさかあの世界に誇る液晶テレビの技術を持っていたシャープが台湾の企業家に買収されるなど思いもしませんでした。

 

日本からの輸出ができなくなるだけならまだしも、私が一番恐れるのは、その高品質のモノがより安く海外で作られるようになり、関税の撤廃が進んだころに、ブーメランのように一気に日本市場に向けて輸出してこないかです。

 

例えば、ある高品質の輸出品が相手国で高い評価を受けたとします。その時には、単にモノが出ていくだけではなく、加工、品質管理、売り方などの付帯する技術やノウハウも一緒に出ていくでしょう。そうしないと相手国の消費者のニーズはつかめませんから。しかし、その新たな市場が相手国で拡大すればするほど、その魅力ある市場を、相手国の農林水産業者が黙って指をくわえてみていることはないでしょう。そうして同じようなものが作れるようになり、自国市場を日本の輸入品から奪還した時には、「自分たちの方が安く作れるようになったので、今度は日本に輸出しよう」と、過去の輸出産業と同じ末路をたどるのではないでしょうか。

 

これは日本からの輸出が引き起こしたものではありませんが、すでにオーストラリアでは「WAGYU」が生産され、東南アジアのほかアメリカやロシアなどに輸出されています。今はスーパーの肉売り場では安い輸入牛肉のコーナーと高品質な和牛コーナーとが明確に分かれていますが、そのうち高品質な和牛のそばに「WAGYU」コーナーが作られ、いずれ「和牛」コーナーが消滅するかもしれません。

目先の欲にかられ、長年かかって育て上げたモノ、技術、ノウハウを海外に持ち出し、その結果日本の農林水産業者が最後のよりどころとしていた国内の「高品質」市場までが奪われてしまう。そうならないように願うばかりです。むしろ、高品質の日本の農・水産物が食べたければ、ぜひ日本に来てくださいと「インバウンド」を狙う方が、地方の観光業界も含めた経済効果は輸出よりも高いのではないでしょうか。

 

問題点4 自分だけが儲かっている漁業者に国民の税金を使うなとならないか

 

もうだいぶ前のことになりますが、国連海洋法条約批准後の新たな水産政策のあり方を検討するために、水産庁に「水産政策検討会」が立ち上げられました。私は、その中の資源管理作業部会を担当したのですが、「資源の利用と負担のあり方」を巡り非常に興味深い議論が行われたことを覚えています。

 

ある委員の方が「NZでは政府による漁業取締経費も漁業者の負担にしている、日本でも資源管理コストは漁業者負担とすべきである」と主張されました。

それに対し、別の委員の方が、

 

「日本とNZの漁業とは全く違う。NZの漁業者は漁獲物のほぼ全量を輸出している。港に着いたら漁獲物をそのまま外国の貨物船に積み替え、一般国民には何の関係もない。漁業で儲けているのは漁業者だけで、それを食べるのも外国人。それに対し、日本の漁業者は、流通・加工・小売りの関連産業を潤わせ、国民に新鮮でおいしい食料を供給している。NZと同じ扱いにするのは的外れである。」

 

と発言されました。

 

まったくその通りと思いました。日本の漁業者が獲ってくる魚は、もともと日本国民の物なのです。たまたま、海から魚を獲ってくる仕事を国民にかわり担っているのが漁業者であり、それを国民に供給するからこそ日本経済全体への貢献度も大きなものになるのです。イメージで言えば以下の図のようなものでしょう。

 

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誰にもわかることですが、漁獲物が①の段階で国外に出てしまうことは、②、③の段階における付加価値(50円+100円)を消滅させることになります。もちろん、他の輸出産業のように国内の需要を満たしたうえで輸出するのであれば、国民は文句を言わないでしょう。しかし、国内の水産物の半分以上が輸入水産物で占められている中での輸出は、漁業者だけが儲かっているとし、「漁港予算などに国民の税金を使うな」という声が上がらないかと心配になります。

 

以上、輸出への取り組みが拡大しているなか、それに「水を差すようなことを言うな!」とのご指摘もあろうかと思いますが、葉隠の「さて気にかなはざることは、いつまでもいつまでも『訴訟』すべし」に従い、ご意見申し上げた次第であります。

 

 

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