EU問題から地域格差を考える 後編その③ 江戸時代に学ぶ制御システム  

今回は、8つの格差拡大要因の以下の3番目と4番目について江戸時代はどう対処してきたかを考えていきたいと思います。

3 「儲けは資本家へ、損失は国民へ」が格差の要因

バブルの生成で富が1%の人に集中。一方、崩壊時には国家が公的資金を注入し、巨大金融機関を救済。その負担は中間層に向けられ、彼らが貧困層に転落する。

 

4 グローバル化で資本と雇用者の共存関係が終わったのが格差の要因

「地理的空間・物理的空間」で利潤をあげることができた1974年までは、資本の自己増殖(利益成長)と雇用者報酬の向上とが軌を一にし、資本と雇用者は共存関係にあった。しかし、グローバリジェーションが加速したことで、雇用者と資本家は切り離され、資本家だけに利益が集中した

 

上の3,4は「バブル生成」と「グローバリジェーション」と要因が異なりますが、もたらされる結果としての格差拡大の中身の悪性さでは同類ではないかと思います。

 

そう考える理由は、例えば画期的な新商品を開発したことで一部の者が儲けて豊かになるような「良性の格差拡大」ではなく、この二つはその行為で多くの者を貧しくする(犠牲にする)ことが十分予測されているのに、自分だけが豊かになればよいという強欲が引き起こした「悪性の格差拡大」である点が似ているからです。これは非道徳極まりないと言わざるを得ません。第3者の目で見て共感できるように自己規制をすべしとする「道徳感情論」を書いたアダムスミスも泣いているでしょう。

 

しかし、それがどうした? それこそが新自由主義というものだ! 甘いなー と言われれば返す言葉もありません。彼らにとっての道徳とは「豚に真珠」ですから。

 

ということで、格差が拡大せず安定経済が260年もの間維持できた江戸時代の商人は、現在の資本家とどこがどう違っていたのか「商人道」ともいえる道徳的観点から見ていきましょう

 

1 3方よし

 

なんといっても江戸商人の道徳観を代表するのが、よく知られている近江商人(大坂商人・伊勢商人と並ぶ日本三大商人の一つ)の「3方よし」でしょう。

 

それは「売り手よし、買い手よし、世間よし」を意味し、売り手の都合だけで商いをするのではなく、買い手が心の底から満足し、さらに商いを通じて地域社会の発展や福利の増進に貢献しなければならないとするものです。現代の企業や資本家が信奉する「3だけ主義(今だけ、金だけ、自分だけ)」とは「3」だけは同じですが、その中身は対極にあるといっても良いでしょう。

 

今から300年以上も前の封建主義の時代に、ネットにすぐ書き込みをするモンスタークレーマーもいなかった時に、なぜこのような教訓が生まれ、江戸時代を通じ引き継がれたのでしょうか。それは、近江商人は上方の商品を地方へ、地方の商品を上方へ販売しながら持ち帰る両方向の行商が基本で、旅先では「よそもの」だったため、そこの人々の信頼を得ることが大切で、それゆえ適正な利益と顧客満足に加え、地域や社会への貢献が経営理念となったとされています。

なお、「三方よし」以外にも以下の「近江商人の商売十訓」が有名ですので、参考までに以下に掲げます。

           近江商人の商売十訓

 

①商売は世の為、人の為の奉仕にして、利益はその当然の報酬なり

②店の大小よりも場所の良否、場所の良否よりも品の如何

③売る前のお世辞より売った後の奉仕、これこそ永遠の客をつくる

④資金の少なきを憂うなかれ、信用の足らざるを憂うべし

⑤無理に売るな、客の好むものも売るな、客の為になるものを売れ

⑥良きものを売るは善なり、良き品を広告して多く売ることはさらに善なり

⑦紙一枚でも景品はお客を喜ばせる、つけてあげるもののないとき笑顔を景品にせよ

⑧正札を守れ、値引きは却って気持ちを悪くするくらいが落ちだ

⑨今日の損益を常に考えよ、今日の損益を明らかにしないでは、寝につかぬ習慣にせよ

⑩商売には好況、不況はない、いずれにしても儲けねばならぬ

 

「3方よし」は理想としてはよくわかります。しかし「世間よし」まで考えていて本当に商売が成り立ったのでしょうか。おそらく当時もいたであろう3だけ主義商人との価格競争で負けなかったのでしょうか。理念として掲げただけの実行が伴わないものではなかったのかどうか疑問が湧きますが、近江商人は最後までこの教えを守ったためか、訪れた土地で排斥されることはなかったとのことです。

 

2 全然守られていない現在の「世間よし」

 

この「世間よし」は決して当時だけのものではなく、現代のCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)に該当するものであり、例えば経団連では企業行動憲章として、以下のような内容を定めています。

          経団連の企業行動憲章

 

①社会的に有用で安全な商品・サービスを開発、提供し、消費者・顧客の満足と信頼を獲得する。

②公正、透明、自由な競争ならびに適正な取引を行う。また、政治、行政との健全かつ正常な関係を保つ。

③株主はもとより、広く社会とのコミュニケーションを行い、企業情報を積極的かつ公正に開示する。また、個人情報・顧客情報をはじめとする各種情報の保護・管理を徹底する。    

従業員の多様性、人格、個性を尊重するとともに、安全で働きやすい環境を確保し、ゆとりと豊かさを実現する

⑤環境問題への取り組みは人類共通の課題であり、企業の存在と活動に必須の要件として、主体的に行動 する。

「良き企業市民」として、積極的に社会貢献活動を行う。

⑦市民社会の秩序や安全に脅威を与える反社会的勢力および団体とは断固として対決し、関係遮断を徹底 する。

事業活動のグローバル化に対応し、各国・地域の法律の遵守、人権を含む各種の国際規範の尊重はもと より、文化や慣習、ステークホルダーの関心に配慮した経営を行い、当該国・地域の経済社会の発展に貢献する

⑨経営トップは、本憲章の精神の実現が自らの役割であることを認識し、率先垂範の上、社内ならびにグループ企業にその徹底を図るとともに、取引先にも促す。また、社内外の声を常時把握し、実効ある社内体制を確立する。

⑩本憲章に反するような事態が発生したときには、経営トップ自らが問題解決にあたる姿勢を内外に明らかにし、原因究明、再発防止に努める。また、社会への迅速かつ的確な情報の公開と説明責任を遂行し、権限と責任を明確にした上、自らを含めて厳正な処分を行う。

 

しかし、以下のグラフを見ると現在の大企業は、株主への配当や内部留保を増やし、雇用者への給与を減少させた、ただの強欲者でしかなく、少なくとも経団連の企業行動憲章④(従業員のゆとりと豊かさを実現する)は、まったくのお題目に過ぎないことがわかります。

ネット:ガベージニュースより引用

ネット:しんぶん赤旗;2016年2月4日(木)より引用

 

別のデータですが、財務省の法人企業統計によると「内部留保」が増え続けており、2015年度は377兆8689億円と前年度から約23兆円増加し、4年連続で過去最高を更新した。アベノミクス効果をアピールしたい政府は、来年の春闘もにらんで賃上げなどに回すよう迫っているが、企業側は慎重だ(毎日新聞2016年11月6日)とのことです。

 

栃木県が調査した「企業の社会貢献活動事例集―企業市民としての役割を探る―平成23年3月」においては以下のような事例が挙げられています。やらないよりはましですが、こんな社員によるボランティア活動程度で「世間よし」の企業の社会的責任を果たしているといえるのでしょうか

企業の社会貢献活動事例集―企業市民としての役割を探る―栃木県 平成23年3月

 

・町内や周囲の清掃活動など地域活動

・文化活動への支援や従業員の参加行事(講演会、コンサート、相談会など)の開催行事(講演会、コンサート、相談会など)の共催、協賛、協力

・地域団体などへの場所・施設の提供福祉施設や発展途上国への寄付金、物品の提供、輸送など

・災害時における義援金または物品の提供

・従業員のボランティア派遣など事業所が所属する組織・団体(組合、協会など)を通した活動NPO等との協力・連携(資金提供、ボランティア活動への参加、事業実施など)

・行政等との協力・連携(資金提供、ボランティア活動への参加、事業実施など)

 

 

3 「永続性」対「目先の利益」

 

江戸時代の企業価値とは永続性の重視だった」とのことです。

 

もちろん現在においても「継続企業の前提:ゴーイング‐コンサーン(going concern)」として企業が将来にわたって無期限に事業を継続することを前提とする考え方があります。ピーター・ドラッカーは、『マネジメント』で、

 

持続性ないし継続性も事業には欠かせぬ要素である。いかによき事業であってもほんの一時的なものでは意味がない。継続してこそ社会的な役割をはたすことができるのである。そのためには自走できる仕組みとしての収益が必要となる。」

 

と言っています。しかし、これもCSRと同様に、東芝の粉飾決算に見られるように目先の利益優先で、最近は単なるお題目化しているような気がします。その背景の一つとして、日本の株式市場における外国人投資家の売買シェヤが6割を超えており(保有額は2割)、その目的が長期保有ではなく積極的な売買によるキャピタルゲインということがあるのかもしれません。

 

一方、江戸時代の価値感は、当時が遅れた封建主義の時代であったという誤解から、本業を固く守るといった保守的な商人ゆえのことと受け止められやすいのですが、当時の市場経済の発展からしてそのような解釈では説明ができないとしています。

 

今と変わらない激しい市場競争が繰り広げられていた江戸時代において、なぜ商人に「永続性」が重視されたのでしょうか。これにはいろいろな見方がありますが、最も重要な要因としては、帰属していた「問屋株仲間」というシステムが「競争と協調」のバランスをとる公的機能を有し、それゆえに個々の商人も「永続性」が重要視された(できた)との見解が私には一番納得できました。

 

では、そもそもどうして問屋株仲間ができたのでしょうか。以下の経緯をたどれば戦国の動乱期から江戸の安定期に移行し、その時代の経済的状況に応じそのような組織が自発的にできたのではないかと思います。戦国時代は圧倒的に需要>供給で、自由競争の弊害などがありようがなかったが、逆に安定期になると弊害が目立ち始めたからでしょうか。

 

問屋株仲間の対極にあったのが、よく知られている織田信長・豊臣秀吉の「楽市楽座」です。これは、既存の独占販売権、非課税権、不入権などの特権を持つ商工業者(市座、問屋など)を排除して自由取引市場をつくったもので、今の規制改革推進会議の考え方に近いものです。

 

江戸時代になってもこの「楽市楽座」の方針は引き継がれ、商工業者の団体である座や仲間は禁じられていました。例えば京都では「御触書21か条」に1620年代において2回禁止条項が出され、江戸でも1665年に同様の町触れが出されています。つまりこのような禁令が頻繁に出されることは、そのころから商業者が広範に仲間組織を結成していたということです。

 

ではなぜそれが公認されることになったのでしょうか。

 

それは、享保期(1716年~)になって「米価安の諸色(しょしき)高」といって米が余りはじめ領主が豊作貧乏となる一方、その他の生活必需品(諸色)が高騰する経済状況になったことから、享保改革の一環として、諸色を扱う商人が集められ、価格調整と同業者の相互監視によって諸色の高騰を抑制することを目的とした組合(問屋株仲間)の結成が命じられたからです。米が余り米価安になったなどは今と似ている点もあります。

 

これにより問屋株仲間は、それまでの自治組織を通じた間接統治「公儀―町奉行―町年寄―名主―町中一般」のシステムに組み込まれ、「町年寄―問屋株仲間―商工業者」という位置づけとなったのです。問屋株仲間は規制当局の末端組織であるだけではなく、団体内の利害調整や業界からの公儀への要求を取りまとめるという公的性格として認められることになったとのことです。

 

つまり、問屋株仲間を公認する見返りとして、公儀にとって最も重要な価値観である政権の「永続性」のための経済の安定という公的役割(競争と協調の調和)を担うことを求めたことが重要な点と思います。それゆえに、それに属する個々の商人(私)においても利益第一、競争優先で「格差拡大など知ったことか!」とはいかず、公儀と同様に「永続性」を重視した経営を営んだと考えられます。

 

鈴木浩三著「江戸商人の経営」では、このことを以下のように詳しく記述しています。

江戸期の商工業者にとって、家業の永続ないしは事業の継続の確保は、最高レベルの経営目標であった。武士の「封土」支配の実質的な裏打業務=経営を担っていた商工業者にとって、事業の永続性を確保することは、武家と商工業者の補完的関係以上の積極的な関係にあったのである。それゆえ、事業永続の重視は民間だけのものではなかった。公儀は一貫してこれを重視していた。たとえば、町奉行所から諸色掛名主に示された諸問屋再興令の申渡書の案文では、「奢侈を慎み、泰平をもたらす将軍の人徳に感謝し、それぞれの営業を永続させること。江戸城下に安住できる有難さを弁(わきま)え、士農工商すべての利便を心がけ、実直に産業を営むべし」とあり、諸事業者の事業継続を重視する姿勢がダイレクトに表現されている。

 

4 度々あった問屋株仲間の解散命令

 

大変興味深いのは、公儀は問屋株仲間をいわゆる「談合の温床」「物価高騰の元凶」として、江戸時代を通じ度々解散命令を発していることです。当時も今と同様に市場における自由参入などを重視する考え方がありました。公儀はその時代的背景から問屋株仲間を奨励したり禁止したりと試行錯誤を繰り返したのです。ここが今のような「何があろうがこの道を進む」でなかった偉いところです。

 

年貢の引き上げを実行した享保改革の後も、一揆の頻発や引き続き米価安が続いたことから財政健全化の限界が見え始め、公儀は米経済から商品経済への移行に応じ年貢から商品流通に財源を求めるようになり、実権を掌握した田沼意次は、積極的に問屋株仲間の公認を行い営業の独占を保障する代わりに冥加金や運上金を上納させるようになったとのことです。

 

ところが、その後の寛政と天保の改革において、問屋株仲間は物価高騰の元凶とし、楽市楽座の自由競争時代に戻せと解散させられました。しかし、何ら成果が得られず、特に天保改革では経済が大混乱を起こし失敗に終わりました。

 

このことで水野忠邦が失脚した後、廃止した問屋株仲間を再興することになったのです。何度も繰り返しますが、間違ったら誤りを正す、このフィードバック型経済政策の柔軟性が江戸時代の経済を大きな誤りの方向に向かわせず安定させたのではないでしょうか。

 

なお、天保改革の際に南町奉行の矢部定謙と北町奉行の遠山景元がともに問屋株仲間の解散を諌めたのですが、矢部定謙は無実の罪を着せられ非業の死を遂げ、遠山景元も罷免されています。当時は経済が分かった立派な幕臣もいたのですね。なお、遠山景元とはあの「遠山の金さん」のモデルになった江戸庶民に人気が高かった人物ですが、後日彼が南町奉行に返り咲き「諸問屋再興」に尽力したとのことです。

 

時代は繰り返すといいますが「資材がホームセンターより高いのはけしからん」「JA全中やJA全農をぶっ潰せ―」と現実を知らず、知ろうともせず、上面(うわつら)の理念で現在の問屋株仲間ともいえる協同組合組織を潰そうとする改革の押し付けでは、当時と同じく失敗に終わるのは目に見えています。違うのは政府の中に矢部定謙や遠山の金さんのような「そんなアホはやめなさい」と諫言する役人がいなくなったということでしょうか。

 

5 仲間定法という家業永続担保システム

 

家業の永続のための担保システムが、問屋株仲間などの同業者団体が制定した団体構成員の行動規範である仲間定法(仲間掟)と言われています。

 

その仲間定法には以下のような内容が定められていたそうです。

・法令順守義務

・公儀の政策への協力誓約

・同業者の利潤や権益確保に必要な規定

・取引先や消費者の信用保護

・仲間加入者の商取引ルール

・同業者間の紛争処理と予防方法

・仲間定法に違反した場合の罰則

 

また、仲間定法の特徴としては、同業者の自主的活動で定められ、江戸では町人組織の頂点にあった町年寄の承認を経て(これは実質的に町奉行を始めとする公儀の公認を得ることを意味する)法的拘束力を備えたとのことです。

 

さらに、仲間定法が実質上商人間の競争や新規参入者を制限していなかったかどうかという気になる点については、

・江戸の中期を過ぎると、さまざまな業種で競争と新規参入が盛んとなり、有望な事業や収益性の高い分野では、既存業者同士、あるいは既存業者と新規参入者との競争が繰り広げられた。

・問屋株仲間の公認や仲間定法の整備は、既存業者の権益確保という側面もあったが、むしろ、新規参入の激しさや同業者間の競争に起因する経済秩序の混乱を防止する性格も強かった

 

とのことで、つまり当時としてのCSRを確保する仕組みの一つが仲間定法であり、それは激しい競争の中で、競争と協調のバランスをとりながら、各商家の事業の永続性を確保する性格を持っていたとしています。

 

自由主義や規制緩和により資本主義を放任状態においては、際限のない競争(蒐集)を繰り返し、格差を拡大させ終焉を迎える。そこに至らない制御システム、言い換えれば永続性を確保するシステムこそが、競争と協調(社会的責任)のバランスをとった問屋株仲間であり仲間定法であったといっても良いのではないでしょうか。

 

 

(参考)現代における漁業管理制度と問屋株仲間制度の類似点

 

鈴木浩三著「江戸商人の経営」において、問屋株仲間制度(上の図)と仲間定法(下の図)の概要を以下のような模式図で表していました。非常にわかりやすいよくできた図ですが、これを見た瞬間私は、今の日本の漁業管理制度(協同組合と漁業法)に大変似ていることに驚きました。その理由は、当然と言えば当然ですが、日本の漁業管理制度は江戸時代以来の慣行を引き継ぎ、漁業者による自主管理が基本となっているからだと思います。どこが似ているか簡単に記述します。ご参考までに

 

 

(1)漁業協同組合制度との類似性

 

上の図(問屋株仲間の機能)における商家1、2,3はまさに組合員1,2,3であり、上の問屋株仲間は漁業協同組合そのもので、その上の公儀は県庁水産担当課にあたります。

 

自治的・自立的運営とは、組合員が出席する組合の総会で決定される定款や規約などに基づき組合経営が運営されることに該当します。水産業協同組合法の枠内ですが、組合員が守るべき約束事を自主的に定める点なども同じです。組合員の新規加入も組合員で構成された資格審査会で審査が行われます。

 

(2)漁業法との類似点

 

日本の漁業管理制度は沖合・遠洋漁業などの大型漁船を使う漁業種類においては大臣又は知事による直接的管理のもとにありますが、沿岸漁業の多くはそれに従事する漁業者が漁業協同組合という組織を通じて定める自主操業ルールにより管理されています。まさに、江戸時代の自主的組織を通じた間接統治システムが漁業に残っているのです。

 

下の図(仲間定法)で言えば、自主的に決めたことを公儀の公認を受け、それを守らない者には公儀に取り締まってもらう方法は、組合総会で決定する漁業権行使規則などが該当します。だから規制改革推進会議が自由参入で自分勝手なことができない組合管理漁業権を目の敵にしているのです。ということは逆に言えば協同組合制度や漁業法が「格差拡大の抑制に役立っている」ことが証明されます。農協や漁協の組合員間で格差拡大が問題などということは聞いたことがありません。だから強欲ものはJAつぶしにシャカリキになるのです。

 

なお、漁業法には漁業調整委員会という漁業者の代表で構成される行政組織がありますが、この組織は通常の審議会などと異なり特別の機関とされています。その理由は、准立法権ともいえる権能を有した組織だからです。

 

一般的に人を処罰する場合は、必ずその根拠が議会によって承認される法令に基づくことが必要となっており、これを「罪刑法定主義」といいます。ところが、漁業調整委員会には「委員会指示」という資源保護や漁業調整に必要な場合は、操業の禁止や制限を命令することがでる権限が認められております。なんとそれに従わない者には、知事に要請し指示に従うように命令を出してもらい、なおも指示に従わないときは、その者には知事の裏付命令の違反として1年以下の懲役もしくは50万円以下の罰金又は拘留もしくは科料が課せられます。同業者により構成された自主的組織(公)に大きな裁量を認めた典型と言えましょう。

 

 「公」が消滅し「私」と「官」だけでなんでも官(役所)に頼るしかない今の社会では、大きな官⇒大きな中央権限⇒大きな中央(私)による周辺の蒐集、の悪循環に陥るしかない気がします。よって、資本のがん化を防ぎ中心による蒐集を制御するには、すでに触れた地方の独立性ともに、利害関係者による自主的管理(コモンズの悲劇の解決の第3の道=公)を経済システムに取り込むことも重要と思われます。その意味では、漁業管理制度は他の多くの産業分野でも応用できる一つのモデルになるのではないかと思います。

 

というより、そもそも日本の経済界には「護送船団」「談合」「系列」といった問屋株仲間の「公」の精神を受け継ぐ日本型経営が存在していたのを、日米包括協議などを通じつぶされただけですので、もとに戻すことはそんなに難しくないと思います。公的責任を負った業界団体には、行き過ぎには注意しても談合は絶対に必要なものです。談合を一律に悪とみなすアメリカに押し付けられた独占禁止法は、廃止するくらいの覚悟で臨むべきではないでしょうか。

 

6 「3方よし」対「神よし」

 

 私は脱グローバル化を打ち出したトランプ大統領の誕生を歓迎します。しかし、過去の大統領と比較するとその「ハチャメチャ」ぶりに危惧も感じます。それでもアメリカ国民が彼を大統領にせざるを得なかったのは、格差拡大と貧困が相当深刻な状況に至っていたからだと思います。グローバル化を推進してきた新自由主義者の手先と化し、大統領選で徹底的に反トランプの報道をしたアメリカのメディアは、その惨状を意図的に報道してこなかったから、外国にいる私たちが「なんでアメリカ国民は・・・」と思うだけかもしれません。

 

 どうしてトランプ氏を大統領に選ばざるを得ないほどアメリカ国民を悲惨な状況に追い込む前に、富裕層は「これまずい、やりすぎだ」と思わなかったのでしょうか。彼らには「3方よし」というような商人道がないのでしょうか。

 

そこで、資本主義発祥のヨーロッパには「商人道」的なものはないのかと思い、少しネットで拾い読みをしたら、どうも通称「プロ倫」と言われるマックス・ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」という名著がそれを解説していることがわかりました。

 

要約すれば、プロテスタントの世俗内禁欲が資本主義の「精神」に適合性を持っていたという、逆説的な論理を提出し、近代資本主義の成立を論じた、とのことです。なんのことかよくわからないので、もう少しその解説文を引用します。(以下ウィキペディアより)

オランダ、イギリス、アメリカなどのように、カルヴィニズム(すべての上にある神の主権を強調する神学体系、およびクリスチャン生活の実践)の影響が強い国では、非合理性を持った合理主義によって、近代資本主義が発達した。一方、イタリアやスペインなどのように、カトリックの影響が強く、実践的合理性の顕著な国や、ドイツなどでは、資本主義の発達が遅れた。これは偶然ではない。資本主義の「精神」とカルヴィニズムの間には、因果関係が存在するのである。ここでいう資本主義の「精神」とは、単なる拝金主義や利益の追求ではない。合理的な経営・経済活動を非合理的に支えるエートスである。

 

「非合理性を持った合理主義」など、ますますわからなくなってきました。そこでいろいろ書いてあった中で(まったく自信がありませんが)、私なりにここがわかりやすかったというポイントを引用すると、

 

「3方よし」は、仏教の因果「他人に善行を働けば(因)救われる(果)」からきている。一方、カルヴィニズムは予定説「救済される人間は、あらかじめ決定されている」であることから、良いことをしようが悪いことをしようが結果は変わらない。しかし、そうなると普通人間は悪いことをすると思われるが、実際には恐怖にかられ、何とか自分が救われる側の人間であることを生前に証明したくなる。それが「神によって救われている人間ならば(因)、神の御心に適うことを行うはずだ(果)」という因と果が逆転した論理を生み出した。

これにより、世俗内において、信仰と労働に禁欲的に励むことによって、社会に貢献し、この世に神の栄光をあらわすことによって、ようやく自分が救われているという確信を持つことができるようになった。皮肉なことに、最も金儲けに否定的な禁欲的な宗教が、金儲けを積極的に肯定する論理と近代資本主義を生み出したのである。

 

やはりよくわかりません。おそらく日本人ではこの感覚は理解できないと思います。しかし、私があえてこれを資本主義が持つ根本的欠陥と結び付ければ、「禁欲主義による金儲け」とは、お金を溜めるだけで、有効需要の創出という観点がおろそかになっているのではないかということです。

 

カルヴィニズム商人道(?)では自分が救われるかどうかは神が決める。日本の商人道では、他人(仲間)に施した行為より決定される。どちらが良いか悪いかの問題ではありませんが、高度経済成長期では、溜めた金がすぐ投資に回り社会に循環するので貯蓄性向の強いカルヴィニズム商人道でも適しているかもしれません。しかし、低成長の経済安定期になるとそれが「留まったままの金」となり格差を生んでしまう。よって、そのような経済状態では「3方よし」でお金を社会に循環させる日本の商人道が適している。

 

と解釈しました。私が言いたい結論としては、資本のがん化を制御するためには、江戸時代の「3方よし」の道徳を日本の経済界に復活させ、それを世界に広めていくしかないだろうということです。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です