EU問題から地域格差を考える(最終回3/3) 江戸時代に学ぶ制御システム

3 江戸時代に学び政治が資本をコントロールする方法

 

(1)経済人の政治関与の制限

 

軍隊は武器の使用が認められ、日夜その訓練を受けた武装集団であり、国民に対し圧倒的に強い力を持っていたため、国民を力で支配してきた長い歴史があります。よって、いずれの国においても、軍人は政治への関与を厳しく制限され、一部の軍事政権国を除きその政治への関与は現実にも排除されています。人類が歴史から学んだ教訓といえます。

 

一方、直接人間を殺傷するものではないが、それに劣らず「真綿で首を絞めるがごとく」多くの国民を苦しめる「資本」という力を持った人間も、そろそろ軍人扱いをする時が来たのではないでしょうか。

 

グローバル資本が各国の政府を僕(しもべ)とし、格差を広げ多くの国民に不幸をばらまいている世界情勢にかんがみ、次は一定以上の資産を持つ「資本家」や高額な報酬を手に入れる「大企業役員」などは、選挙権の行使以外は政治への関与を厳しく制限して軍人扱いにする。これこそ、資本から政治を取り戻すために極めて重要な制度と思います。当然トランプ大統領は実現しませんが、そもそも彼を必要とするような経済ではなくなるということです。

 

今の日本の経済人やそのお抱え学者ように、官邸主催の会議など政治やマスコミの表舞台に出てきて、資本のガン化を加速する私欲追及のための自由貿易の促進や国内規制緩和を迫ることを許さず、「軍人」がそうであるように「経済人」も経営に専念すべきと思います。立法、行政、司法の3権分立も人類が歴史から学んだ教訓です。そろそろ私たちは次の歴史の教訓として「権力と財力の分離」という江戸時代に学ぶべき時代になってきている。みなさんそう思いませんか。

 

(2)「国債返済超長期化」+「新円発行」という現在の棄捐令・闕所

 

このシリーズの目的は、資本主義の宿命ともいえる中央による地方の際限なき蒐集、そしてその結果として生じる格差拡大が招く経済の低迷、地方の衰退という悪循環をどう解決するかでした。

 

江戸時代では偏在した金を「借金の踏み倒し」「財産没収」という方法で是正しました。トマ・ピケティは「21世紀の資本」で「累進所得課税の再強化」や「国際的な累進資本課税の実現」を主張しています。強権的措置か税制かの違いはあっても、今も昔もやるべきことは、増やすだけが自己目的化した使われない貨幣を、モノやサービスの「交換手段」という本来の姿に戻すことではないかと思います。わかりやすく言えば、「金持ち」を「金使い」にするだけです。使い切れない貯まった金をみんなで使うお手伝いをしてやればよいだけです。

 

そこで私は、問題を二つに分けて考え見てみたいと思います。一つは、持つ者と持たざる者の格差是正の問題、もう一つは実体経済と金融経済のバランス是正の問題です。前者をまず緊急に取り組むべき課題とし、後者はその後においてその根源を断つため取り組むべき課題と考えます。がん治療に例えると前者が患部の摘出手術で後者が再発防止策です。

 

<金融資産の現状>

 

始めに金融資産の現状を知るために統計をみてみましょう。

現在の金融資産は2016年末の資金循環統計(日銀発表)によると家計金融資産(家計といってもこの中に大富豪も含まれる)が1800兆円、企業金融資産が1100兆円で、いずれも過去最高です。そのうちの家計金融資産の推移は以下の通りです。

でも、サラリーマンの給与はピーク時から比較すると減っているはずなのに、家計金融資産が過去最高というのは変だとおもいませんか。それは次のグラフ(総務省統計局「家計調査(貯蓄・負債編)調査結果」)を見ればわかります。

つまり年間収入が減っているのに貯蓄現在高が維持または増えているという理由は、国民の将来への不安からの節約志向(貯蓄性向)が強まっているからなのでしょうか。それとも収入が多すぎて使い切れない一部の富裕層が増えているからなのでしょうか。いずれにせよこれが有効需要不足を起こしデフレの原因なのかもしれません。

 

次に国民間での金融資産保有額(貯蓄現在高)の格差を、以下のグラフ(総務省統計局「家計調査(貯蓄・負債編)調査結果」)から見てみましょう。

このグラフは、全世帯数を貯蓄現在高が低い方から高い方に並べて5分割(各階級の世帯数は同じ)したものであり、最も高い方の第Ⅴ階級の貯蓄が5548万円であることから、計算してみると全世帯の2割の第Ⅴ階級が総貯蓄現在高の6割の貯蓄を保有していることになります。

 

そこで、問題は摘出すべきガン患部(偏在した金融資産)探しとなります。当然その対象は第Ⅴ階級の保有する資産になろうかと思いますが、ここには1世帯で1兆円以上保有している大富豪も含まれているはずなので、この階級を一律に扱うのは適当でない気がします。とは言っても、江戸時代のように札差や豪商に当たるごくごく一部の富裕層をターゲットにすればよいという単純な話でもなさそうです。

 

<金融資産と国債の関係>

 

視点が変わりますが私は、資産の大小にかかわらず国民全体として反省すべき点があるのではないかと思います。それは、以下のグラフを比較したときにそう思わざるを得ないからです。上は再掲の「家計金融資産の推移」で下は「国債残高」です。

             国債残高の推移

素朴な感覚で見れば、これはどう見ても変です。上の国民の金融資産は増えているのに、下のその国民が作った政府の借金も増えているということはどういうことでしょうか。個々の家族の貯金は増えているのに、家の借金は減ることなく増えているのは素人の常識では考えられません。

 

例えば私が1000円で寿司を食べたいと思ったらそのお金を持っているのですから、自分で払えばよいのです。ところが、自分の家の中に「佐藤銀行」を作ってまずそこに1000円貯金し、今度はその1000円で銀行員の私(一人二役)がお寿司を買ってきて、個人としての私に食べさせるようなものです。個人としての私は1000円の貯金は減らず、寿司は食べられる。こんな結構なことはありません。でも個人としての私と佐藤銀行を合わせれば、家の中からは確実に1000円が減って、寿司もなくなっていることは間違いないと思います。

 

「国債は国(佐藤銀行)の借金であるが国民(佐藤個人)には資産」というバランスシート上の説明を聞くこともありますが、それは理屈の上の話であり足し合わせれば消えてなくなるはず。正直この説明は理解できません。

 

また、円建てで国債をいくら増発しても国(日銀)は通貨発行権を持っているので印刷機を回せばよく、国がデフォルト(債務不履行)を起こすことは絶対ないという説明を聞くこともあります。こちらは私でも理解できます。しかし、インフレとなり国債の価値(貨幣の価値も)が暴落するので、国債を購入した国民にとっては実質的にデフォルトするのと大した違いはないと思います。

 

<ハイパーインフレで偽札を無価値に>

 

仮にハイパーインフレになっても、その時に貯蓄を多く持っている人間の資産がなくなるだけで、第1次世界大戦後のドイツのように物価が1兆倍(貨幣の価格が1兆分の1)になり国民が飢えに苦しむことはないという考え方があります。なぜなら、あの時のドイツは戦争で国の生産設備が壊滅し、合わせて莫大な外貨建ての賠償金を背負い、経済そのものが崩壊していたので、供給が需要に追い付かずそうなった。

 

しかし今の日本はデフレで供給能力が過剰な状況にあるので、ハイパーインフレになり缶コーヒーが1缶1万円になっても実体経済がしっかりしていれば、給与もそれにつれて上がるので、そこまでは困らない。貨幣に印刷された数字のゼロが多くなるだけで、実体経済におけるモノとサービスと貨幣の交換に問題はないと。

 

私はこの考え方をそのまま信じるわけではありませんが、博打経済で作り上げられた偽札を実質上無価値にする「肉を切らせて骨を切る」戦法だと思います。意外と今のまま国債を増発している方が、下手に財政を健全化させるより、偽札の抜本的解決に近いのかもしれません。

 

そこで財政健全化の話です。財務省が言う、このまま国債が増え続ければ日本の財政は破綻する、増税だー、歳出削減だーは、そうかもしれません。しかし、本当に増税できますか? 歳出削減できますか? 仮にそんなことをすれば、計算上は国債を償還できるかもしれませんが、その前に日本の実体経済が破綻すると思います。

 

毎年の歳出100兆円の半分を国債に依存しているなかで、増税と歳出削減でプライマリーバランスをゼロにすることさえ、だれが考えても無理です。仮に、プライマリーバランスがゼロとなっても、1000兆円の借金を返すのに何年かかるでしょう。薩摩藩ではありませんが、無利子でも250年くらいかかるのではないでしょうか。

 

<国債よ!もうお前は死んでいる>

 

それから、もっと根本的問題があります。仮に今(宇宙人に肩代わりしてもらい)政府が1000兆円の借金を国民に返済したとしましょう。その時に国民はそれを何に使うのでしょうか。そもそも将来への不安への備えと、特に買いたいものもないので貯蓄したので、また貯蓄するだけではないでしょうか。さらに一部の富裕層が博打経済で増やしてきたお金(偽札)も、実体経済では使い切れないので、また投機的市場に使われるだけではないでしょうか

 

いやいや今度こそは実体経済で使いますとなったら、市場にあるモノやサービスの量は限られているのでインフレを起こし貨幣価値を目減りさせるだけの結果になりはしまいかと思います。

 

国債は国民にとってすでに北斗の拳のケンシロウのセリフのように、「死に金」となっているのではないでしょうか。

 

<モノ・サービスとお金の量のバランス>

 

2014年の貯蓄現在高は、年間収入の約3倍になっています。一方、バブル景気が始まる前の安定成長期である1970年代の比率は、おおよそ1,1倍でした。今より資金需要が強かった当時でさえ、この程度で十分お金が循環されたのです。博打経済によって実体経済と金融経済との適切なバランスを壊したことが、資本主義がガン化し始めた最大の要因ではないでしょうか。

 

例えば、世の中に人が必要とするモノとサービスの存在量が100円あったとします。それを売り買いするお金も100円あればお金はうまく循環するでしょう。しかし、博打経済でお金の量がさらに100円増えたとします。その増えた100円は今以上のモノやサービスの購入の必要性もないので貯蓄に回ります。仮にそれを使おうとすれば、100円分のモノやサービスの存在量が同じなので名目上200円となりお金の価値が半減するはずです。博打経済で作った偽札100円はやはり偽札なのです。

 

しかし、偽札を実体経済で直接使わず国債購入に使い、いったん政府を経由することであたかもそれが真券のように見せかける「ロンダリング」をしたらどうでしょう。そう考えると国民の貯蓄が増えているのに、政府の方は借金が増えているというおかしなことの説明が付きます。つまり博打経済で生じた多額の偽札が国債に化けているとすれば、ここにガン患部があるということになります。ということは、国債を踏み倒せば「富の偏在のリセット」ができ、モノ・サービスとお金の量のバランスが元に戻るというような気がします。

 

それでは、以上私の勝手な分析(想像)を踏まえ、以下の3点を提言したいと思います。

 

(1)現在の棄捐令

国債の返済を薩摩藩にならい無利子250年返済とする

・すでにゼロ金利でもあり、無利子となってもそれほど困る人はいないはず。

・別に使う当てもないので貯蓄していることから、それほど困る人はいないはず。

・これで国の支出に占める国債償還費23兆円は4兆円に減額。

 

(2)現在の闕所

・現行通貨(旧円)を新たな通貨(新円)に切り替える。

・旧円から新円への交換レートを貯蓄1000万円以下(年金生活者など収入を貯蓄に頼るしかない者は別途考慮)の者には同じ1:1とする。

・それ以上の貯蓄を有する者にはその資産額に応じ、新円:旧円の交換比率を1:1,1~1:100とする。

・1兆円の個人資産所有者は、この交換比率でも100億円の新円が手に入るのでそれほど困らないはず。

・これで実体経済規模と金融経済規模のバランスが改善される。

 

(3)博打日本銀行券の発行(がん再発防止策)

・目的は、実体経済と金融経済(投機的市場経済)の分離。

・株式、商品、不動産、通貨、債券への投資は「博打日本銀行券」を使用する。

・投資先に係る実体経済の成長率を上回る投機的市場からの利益分については、実体経済で使用できる新円との交換を認めない

・これで、トマ・ピケティのいう「R(資本収益率)>G(経済成長率)」 という不等式が等式になる。

・犬(実体経済)がしっぽ(金融経済)に振り回されることがなくなり、資本主義のガン化が抑制される。

 

以上の提言は、「そんなことできるのか」という非常識なことかもしれません。しかし、現実ではその非常識なことがすでに起こっています。「マイナス金利」です。資本主義の原点は、金を貸しリターンを得る「資本の自己増殖」です。それがゼロどころかマイナスということは、非常識極まりないことです。しかし、これはキリスト教やイスラム教の教義にある金利が禁止された理想社会にさしかかりつつあるともいえます、皮肉で。なぜなら、教義は「金利は格差を拡大し共同体を破壊するから禁止」であり、現在においてそうせざるを得なかった動機は全くの逆ですから。そう考えれば上の提言も非常識とはいえず、現実性が十分あると思います。

 

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