西部邁先生の死を悼む

 私が、このブログ「器病(うつわのやまい)から脱皮せよ(後編)」で、「世の中には偉い先生がいるものですね」とその著書を引用させていただいた、西部邁先生が昨日(1月21日)早朝、入水自殺をされたとの報道に接し非常に驚きました。

 今の時代に最も必要な方がいなくなり誠に残念でなりません。

 あらためて、先生の記述を引用させていただいた部分を以下に掲げることにより哀悼の意を表したいと思います。

 ご冥福をお祈り申し上げます。

 

「器病(うつわのやまい)から脱皮せよ(後編)」より

  • なんと新自由主義と社会主義は同じ「左翼」だった

なぜ社会主義国家が進めた「大躍進」と、典型的な資本主義国家であるアメリカが推進した新自由主義が似ているのか、正直にいってわかりませんでした。そもそも「大躍進」とは国家成立後間もない中国が社会主義から共産主義に移行しようとした段階で行った実験のようなものです。一方、「新自由主義」とは東西冷戦で勝利をおさめたアメリカのレーガン大統領の側近たちが進めた市場競争至上主義の経済政策です。どう考えても左と右の対極に位置するものです。

ところが、偶然にも図書館で見た「文明の敵・民主主義―危機の政治哲学―」(西部邁著 2011年11月 時事通信社)のp226~231にこの謎への答えがズバリと書いてあったのには驚きました。この6ページにわたる内容は、私にとって、その一部も省略できないくらい完璧なものに受け止められました。本来ならその全文を引用したいのですが、長くなるので特に強く印象に残った部分を断片的にかつ要約し以下に列記します。

・自由という言葉を、とりわけ競争の次元で、何の疑いもなく叫ぶ国はどこか、アメリカ。

・抑圧・格差・競合・情念といった過酷な現実がその大陸を濃厚に染め上げていればこそ、自由・平等・友愛・合理の理想をアメリカ国民は声高に合唱する。

・そういう理想で壮大な実験国家を歴史不在の大地に建設しようとするのは、まぎれもなくレフティズム(左翼主義)。左翼を社会主義とか社会民主主義のことと限定しようとするのは、狭すぎる解釈。その証拠に、その政治用語が登場したフランス革命時には、社会主義はいまだ産声を挙げていなかった。

・フランス革命を切っ掛けにして、西欧に広がった左翼の政治は、西方に進んでアメリカイムズに、東方に進んで中国の共産主義化を含めて、ソビィエティズムとなった。

・米ソは(今でいうと米中は)多民族の実験国家という点で類似。抽象的な理念で国民を統一しようとし、それを他国に押し付ける点でも似通っている。金銭という効率計算の標準に臆することなく執着することにおいても同じ。

・(米ロ中に共通するもの)普遍的な理想を抽象のレベルにある思想から抽出し、それを理想とみなして、直接的に具体のレベルにおける政策として推し進めようとする。それは、必然的に自国民の個別的な歴史を担って出来ている他の諸国家の政策と衝突するのやむなきに至る。

・アメリカにおける保守的思想と西欧におけるそれはむしろ対極にある。西欧の保守は、共同体という名の社会的有機体をできるだけ保全しようとし、個人や集団の理性はつねに不完全で誤謬を含んでいることに重大な関心を払い、社会の制度改革については漸進的態度で臨む。そうした形での政治を「不完全性の政治」と呼ぶこともある。一方、アメリカの保守は、契約体として社会を設計すること、人間の合理性に強い信頼をおくこと、制度改革における急進主義を歓迎する。これは、西欧の保守にあっては、むしろ「革新主義」として警戒される種類の政治。なぜかというと、革新主義は人間理性の完成可能性を信じているから。

・戦後日本の保守は親米であり「革新保守」で、厳密には保守は存在しなかった。戦前・戦中の体験を有している世代が無意識の中にその実践で保守を含ませていた。その代表例が「日本的集団運営方法」で、日本経済に多大な貢献をした。しかし、「日本的経営」は常に克服すされるべき非近代的なやりかたとみられていた。ついに平成期になり、日本人の歴史感覚を承継してきた世代が退陣し、アメリカニストやソーシャリストの戦後派が権力を掌握した。

・その左翼風を吹かす権力がむき出しで行使されているのがメディア業界。メディアの「権力を批判する権力」という根本矛盾から「抜本改革」という左翼の至上命題を呼号し始めた。

・しかし、日本における最高権力はアメリカが実質的に握っていることから、どの勢力も社会秩序の形成に本気で取り組めず、単なる言葉の遊びに。このため「平成改革」なるものが打ち続く政権交代劇しかもたらさなかった。

 

ビックリしました。なぜ、新自由主義と大躍進が似ているのかはもちろん、私がくどくどこのブログで書いてきた資源や漁業のあり方をめぐる規制改革会議との論争の背景もすべて説明されているではありませんか。世の中には偉い先生がいるものですね。

 

1 comment for “西部邁先生の死を悼む

  1. 富山妙
    2018年11月4日 at 9:31 PM

    「一方、アメリカの保守は、契約体として社会を設計すること、人間の合理性に強い信頼をおくこと、制度改革における急進主義を歓迎する。これは、西欧の保守にあっては、むしろ「革新主義」として警戒される種類の政治。なぜかというと、革新主義は人間理性の完成可能性を信じているから。」
    安倍総理のあまりにも性急な移民法の導入には、安倍総理自身がアメリカ型の保守であるからでしょう。総理の政策には「人づくり革命」に代表されるように、やたらに「革命」という言葉を多用しています。アメリカ型の保守は、実はヨーロッパにおいては、革新政策であり、左翼思想そのものだったのです。手順を踏んで、順々に人々を納得させながら前に進むのが本来の保守のやり方ですが、安倍総理は左翼であるがゆえに、そのやり方が急進的なのです。安倍総理を保守政治家の代表と見るから、全てがおかしく感じるのです。実は、革命家で左翼思想家であったと思えば、全ての政策に合点が行きます。西部先生が自殺されてしまったのも、期待していた安倍総理が実は左翼思想そのものであり、日本を破壊しかねないと危惧されたからでしょう。保守政治家の希望の星だった安倍総理が、本当は左翼革命家で、日本の古き良き伝統をどんどん破壊していく姿が、先生には耐えがたかったのではないでしょうか?このたびの移民法のあまりにも強引なやり方を見て、やっと西部先生の絶望が、少しわかったように思います。

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