水産WGの議論を検証する(漁業権編)その①

平成30年1月22日に行われた第196回国会における安倍総理施政方針演説において、「我が国を取り巻く広大な海にも、豊かな恵みがあります。(中略)養殖業へ新規参入が容易になるよう、海面の利用制度の改革を行います」が示されました。これは、総理が国民に向け、漁業者からその生存基盤である海を取り上げ、外部強欲企業に引き渡すことを堂々と宣言したことを意味します。安倍内閣による農業・農協潰しにつづく、沿岸漁業・漁協潰しの始まりです。

 

現在の政治の1強体制下にある安倍内閣とすれば、このようなことは朝飯前のこと。漁業者がどんなに反対しようが、宮城県水産特区導入の時の村井知事のように無視して強行するかもしれません。しかし、この試みは宮城県水産特区と同様にかならず失敗に終わる思います。なぜなら、事実誤認と虚妄性の上に成り立っている規制改革推進会議の提言が通用するほど漁業の世界、海の世界は甘くないからです。

 

私は、日刊水産経済新聞に「力生 離島答志に住む」というコラムの60回目(平成30年1月20日付け)に以下を投稿しました。

                         事実認識の検証を

私が東京水産大学(当時)の学生だった頃の恩師「大海原宏先生」(専門は水産経済学)の「日本漁業の『ショック・ドクトリン』考」という水産業規制改革への考察が、「漁業科学とレジームシフト 川崎健の研究史」(東北大出版会、平成29年12月)に掲載された。これは規制改革の裏側にある構図を見事に分析した点から画期的なものといってよい。

 

そこでは10年前の日本経済調査協議会の提言以降の規制改革推進論者の「喧伝書」とマスコミキャンペーン及びそのロビー活動について時系列に追って触れ、その主張の事実誤認と虚妄性を指摘している。また「欧米の事例を環境条件に関係なく善であると見做し、日本にも強要しようとする知恵なき者」を意味する「ではのかみ」とも称している。以前にも嘘を平気で言う彼らへの批判はあったものの、このような学術的出版物において、包括的に具体的証拠をもとに、実名を挙げその主張の実証性の乏しさを指摘しているのは、初めてと思う。

 

この論考では、元水産庁長官の佐竹五六氏の著書を引用し「学問の世界と同様に、政策論においても、前提となる事実認識とその評価視点、現状を規定する様々な要因の分析、政策手段などによるその操作可能性、それに伴う社会的リフレクションとその評価、政策選択の制約条件などが明らかにされる」ことの重要性を指摘している。まさに、これこそが規制改革推進会議の議論において完全に無視されているものである。

 

この論考を読みなぜか私は「慰安婦問題」の構図を連想した。吉田証言の嘘から始まり、朝日新聞が煽り、河野談話へとつながった、あの嘘とマスコミと政治の連携である。後日吉田証言は嘘と本人が認めたが、もう事実などどうでもよい取り返しのつかない結果を招いてしまった。事実認識の検証など全く行わない規制改革推進会議の議論も、日本漁業に何をもたらすのか想像に難くない

上にある元水産庁長官の佐竹五六氏が主張する「政策を議論する際において必要となる視点」は、まさに正鵠を射たものです。ずいぶん昔に同氏の著書を読んだ記憶がありますが、いまさらながらこんなことが書かれていたのかと、感激しました。これこそ今の規制改革推進会議水産ワーキンググループ(以下「WG」)における政策議論がいかにひどいものかを表す物差しとして、非常に良いものと思います。

 

 それを整理すると

A:前提となる事実認識とその評価視点

B:現状を規定する様々な要因の分析

C:政策手段などによるその操作可能性、それに伴う社会的リフレクションとその評価

D:政策選択の制約条件

の4点となります。

 

それでは、WGの7回目までの議論を政策論に必要なA~Dの4要件(視点)から検証してみたいと思います。今回は冒頭に掲げた安倍総理の施政方針演説で言及した養殖業に係る海面の利用制度の改革、すなわち「漁業権改革」に関する議論からです。

(なお、その前に参考までに)

A~Dの視点は、このブログ「この方だーれ?(後編)」の「規制改革における議論と提言における根本的欠陥」で指摘した①~④の問題点にも共通するものがあり、以下に掲げておきます。

 

①中央(企業)の蒐集対象としか見ていない地方産業が有する社会・経済的位置づけや使命など全体的産業論からの議論に関心がないこと。

規制改革の対象となる漁業という産業を、単に強欲企業の収奪先としか評価していないという点で上記Aの視点が欠落。また、それゆえに規制改革がもたらしかねない「漁村社会の崩壊」というリフレクション(反射、影響)について全く関心がないという上記Cの視点が欠落。

 

②その産業がなぜそのような状況に至ったのかという、産業構造全体との関係についての分析をしないこと。

上記Bの「様々な要因」という点が欠落。

 

③極めて例外的な優良事例を盾に、その提言を当事者が実行できるかどうかにかかわりなく、一方的に押し付けること。

上記Cの「政策手段などによるその操作可能性」の視点が欠落。また、これは同時に政策の選択における制約要件ともいえ、これに関心を払わない点で、上記Dの視点も欠落。

 

④その提言が対象産業にもたらす結果について責任を持たないこと。

政策が目的通りの結果をもたらさないときにどう対処するかに関心がないという点で、上記C「リフレクション」の視点が欠落

 

 

1 公表された政府・WGの方針の検証

これまで公表された方針を時系列に追って、漁業権に関する部分を抽出し、その問題点を検証していきます。

(1)水産ワーキング・グループにおける今期の主な審議事項の検証

水産ワーキング・グループにおける今期の主な審議事項

平成 29 年9月 20 日 水産ワーキング・グループ 座長 野坂 美穂

 

1.漁業の成長産業化に向けた水産資源管理の点検 世界第6位の排他的経済水域(EEZ)を有効に活用し持続可能で成長力ある漁 業を実現するために(中略)

 

3.漁業の成長産業化と漁業者の所得向上に向けた担い手の確保や投資 の充実のための環境整備 漁業就労者の高齢化や減少、漁船等の高齢化、潜在力を活かしきれない養殖場 の小規模・老朽化等、遠洋・沖合・沿岸の漁場ごとの課題を克服するために は、意欲、経営力、資金力、新たな技術力など、多様な能力を有する担い手が漁業にチャレンジしやすい環境を整備することが必要である。また、縮小する 国内市場と拡大する国際市場を見据え、輸出を促進する環境整備も必要となる。このような観点から、海外の成功例や、特区等の先行事例の教訓を参考にしつつ、関連する諸制度の現状の分析、評価、検証に着手する。

 

 

①世界第6位の排他的経済水域の面積? それがどうした?

 

私は、我が国が国連海洋法条約に基づき、排他的経済水域(EEZ)を設定するときに内閣官房外政審議室に臨時的に設置された海洋法制担当室に水産庁から出向しました。私の担当は「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」そのもので、特に主体的に係わったのは第3条(我が国の法令の適用)でした。そのときに経験したことをまとめたものが、このブログの「過去の論文」コーナーにある「国連海洋法条約について」です。

 

しかし、その時の漁業関係者の受け止め方は、世界第6位のEEZが手に入ったーなどと喜んだ漁業者は一人もいませんでした。その理由は、すでにその約20年前から始まった200海里時代により、日本漁船は外国水域からの撤退を余儀なくされていただけでなく、むしろ逆に日本周辺漁場が同じく外国水域から撤退してきた韓国や中国の大型漁船に、ごく沿岸まで荒らしまくられている状態でありました。

 

よって、EEZの設定で、これでやっと外国漁船を排除できるといったもので、なにか新たな漁場を手にしたわけではありません。なぜなら、すでに日本周辺の海は日本の漁業者により稠密に利用され尽くされており、EEZの設定で新規漁場を手に入れたような当時の漁業後進国とは状況が違ったからです。だから、実質的な漁場としての価値のある周辺海域の面積が変わらない以上、漁業にとってたまにしか行かない海の砂漠のような遥か南の沖合域を含む日本のEEZの面積が世界第何位になろうがほとんど関心がなかったのです。

 

例えば、以下のようにEEZの面積と生産量の順位関係は国によりまちまちであり、EEZの広さよりそこに好漁場があるかどうかの方が重要と言えます。国土面積が日本の5倍以上あるサウジアラビアが、農業国として発展性する潜在力があると期待し出かける人はいないのとおなじです。

(出典 平成24年度水産白書)

またノルウエーでサーモン養殖が急激に進展したのも、その沿岸域が養殖に適した静穏な水面に恵まれていたからだと思います。ノルウエーのEEZは世界17位(約240万平方㎢)と日本の約半分程度(注1)ですが海岸線の長さは、なんと世界第2位で8万㎞あり、日本の3万kmの2.7倍もある(注2)のです。

(注1:世界の排他的経済水域ランキングベスト20より)

(注2:ウィキペディアより)。

 

これが何を意味するか。ノルウエーの真似ですべて解決の「ではのかみ」にはわからないようですが、みなさんは、お分かりになりますよね。フィヨルド(湾の入り口から奥まで、湾の幅があまり変わらず、非常に細長い形状の湾を形成)により養殖適地に恵まれているということです。しかも、そこには人がほとんど住んでおらず、河川からの流入の影響もなく、台風も来ない。まさに養殖場として使い放題の天国ですね。お前は見てきたような嘘を言うなという人があるかもしれませんので、私が随分昔に家族と一緒に見に行った時の写真を添付します。

ところがです。WGの委員は日本の水産業のポテンシャルとやらを、やたら強調するのです、以下のように。

1回目会議

○大田議長

 水産業は非常にポテンシャルの高い産業だと思うのですが、どれだけ高くても、やはり時代に合った変化をしていきませんと生産性が上がらないし、人材も入ってこないと思いますので、このワーキング・グループの議論が水産業の潜在力を高める一つの重要なステップになればいいなと思っております。

○花岡専門委員 

大田議長がおっしゃるように、本当に日本の水産はこれからポテンシャルがすごく大きいものだと私も思っています。そのポテンシャルをどこまで達成できるかというきちんとしたラインを描くために、今、一番必要なのは、正しく、今、私たちがどこにいるのかというところをもう一度洗い直す必要があるのだろうと思います。それがこれまでできてこなかったというのがあるので、こういう機会で、本当に全てここから始まるのだというような形を作っていければなと思います。

私は、これは規制改革派がよく使う詐欺師的3段論法と構成が似ていると思います。

1段目:まず「海は広い」と期待できそうなこころよい言葉で引き付ける

2段目:「だがしかし、・・・」と否定的な言葉でつなぎ、

3段目:「だから企業に与えるべし」と結論付ける

という論法です。

 

この第1番目と第2番目を入れ替えても同じような論法ができ、その典型が

1段目:「海は漁業者だけのものではない」

(そうだ!そうだ! けしからんと不満をあおる)

2段目:「国民共有のものだ」

(海はあなたのものよと喜ばせる)

3段目:「だから特区で強欲企業のものに」

(そしてどんでん返しの結論に誘導し、騙す)

です。

 

冒頭に紹介した安倍総理の施政方針演説「我が国を取り巻く広大な海にも、豊かな恵みがあります。養殖業へ新規参入が容易になるよう、海面の利用制度の改革を行います」も、中段の「だがしかし、漁協が漁場を独り占めしているので」には言及されていませんが、だれもが「広大な海」には新規参入できるところが一杯あるはず、制度が悪いと思い込むでしょう。見事に詐欺師的3段論法に従っています

 

しかし、すでに日本沿岸の周辺漁場は稠密に利用されており、むしろ過密養殖の状況にあります。だから「持続的養殖生産確保法」に基づく漁場改善計画が定められ、過密養殖などでの漁場悪化の改善に向けて漁協や養殖業者が作る自主的計画を支援し、漁場容量に応じた適正養殖体制の実現を図ることを目指しているのです。

 

さらに、水産庁は魚類養殖に対する生産数量ガイドラインというのを示し、放っておくと作りすぎで価格が暴落した過去の反省も踏まえ、需要に見合った生産を促しています。もう需要の面からも魚類養殖を増加させる必要はないのです。

 

つまり、「広い海」という認識は、現行の漁業権制度に問題があるかのごとくの伏線として使われていますが、養殖漁場適地だけでなく需要の面からもそこは「狭い海」であり、上にあげた「A:前提となる事実認識とその評価視点」において嘘があるのは明白と言えましょう。

 

②潜在力を活かしきれない養殖場の小規模・老朽化て何が言いたいの?

 

「養殖場の小規模化」て、いったいどこの国の話なのでしょう。確かに、以前は家族的経営の小割養殖場が多くありましたが、ほとんどそれは淘汰され、マダイの養殖場などは地域の少数経営体に集約され、どんどん規模を大きくしてきたのが実態です。また、同様にノリの養殖経営体も数は減りましたが、機械化などで1経営体当たりの生産量は増加しています。「養殖場の小規模化」は全く事実と異なります。「A:前提となる事実認識とその評価視点」において嘘があるのは明白です。

 

「養殖場の老朽化」は確かにそうでしょう。長い間同じ漁場で養殖すれば給餌・無給餌に関わりなく、漁場は排せつ物などで環境の悪化が進みます。だから過密養殖を是正し、環境の悪化をそれ以上させない「薄飼い」が必要であり、そこに、新規参入など「もってのほか」なのです。ところが、今期の主な審議事項では、「潜在力を活かしきれない養殖場の老朽化」としています。逆でしょう。潜在力以上に漁場を活かしたから養殖場の老朽化が進んだのではないでしょうか。

 

一体何が言いたいのでしょうか。やはり豊田真由子前議員にご登場願う必要があります。「頭おかしいよ、一度診てもらったら」。それから辻元清美議員にもご登場願いましょう。「これでは事実誤認のデパート、総合商社ですね」。

 

③広い海の方でどんどん養殖をすればよいのになぜしない?

 

以上①、②が沿岸域での現状ですが、そうはいってもその外には広い海があるのは事実です。また、国内需要は限られていても輸出できれば、養殖業はより拡大する可能性があるという考え方は当然あると思います。私もそういう新規参入であれば反対しません。

そこで、具体的に日本のEEZの図を見てみましょう。

(海上保安庁HPより)

 

 ご覧いただければお分かりになるように、日本のEEZが広いのは遥か沖合の離島がその基点となっているからです。南鳥島や沖ノ鳥島はその典型です。しかし、静穏性が必要な実際の養殖適地は領海内で、しかも海岸線の形状や気象上の条件(風が強く荒天が多い)などから、特に魚類養殖においては西日本の太平洋側がその主体となっています。よって、すでに養殖が行われている海域を狙い強引に「そこのけそこのけ企業様が利用する」というのはやめて、南鳥島や沖ノ鳥島でやれば、沿岸漁業者も含め日本国民はこぞって大賛成すると思います。

 

特に沖ノ鳥島は、中国などがこれは「島」ではなく「岩」であり、日本の領土とは認めるが、EEZは設定出来ないとケチをつけている島です。よって、海洋法第121条 第3項にある「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、EEZ又は大陸棚を有しない」の観点から、企業がそこで養殖業を行えば堂々と「経済的活動が行われている」と日本は主張することができます。もしかすると日本政府から宮城県水産特区に参入した企業の事例のように多額の補助金が出るかもしれませんね。このような島での養殖こそ、「今期の主な審議事項」に書いてある「意欲、経営力、資金力、新たな技術力など、多様な能力を有する担い手」企業様にジャンジャン参入していただきたいところです。

 

ところが、なぜか彼らの狙うところは、「広い海」ではなくすでに稠密に利用されている「狭い海」ばかりです。言っていることと、やっていることが全然違います。なぜ、広い海で養殖しないのか。その理由は簡単。そんなところで養殖しても儲けられないからです。

 

口先で言うのは簡単ですが、「意欲、経営力、資金力、新たな技術力など、多様な能力を有する担い手」企業などいないのです。いるのは狭い海で金が目的の強欲企業のみ。野坂座長さんに聞きたい、もしいるというなら具体的な企業の名前をあげてくださいと。経済界が金と技術者を出して「沖ノ鳥島養殖会社」でも設立してくださいと。

 

まさに、日本周辺の広い海の方には、養殖適地がなく、到底採算が合わないそのような海で養殖を行おうとするCSR(企業の社会的責任)に富んだボランティアな企業はいないという点からして、WGの議論は、

A:前提となる事実認識とその評価視点

D:政策選択の制約条件

における欠陥が明白でしょう。

 

だからこの改革は宮城県水産特区に続き、必ず失敗すると思います。

 

 

 

 

 

 

 

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