水産政策改革に対する意見(投稿)その② 「MSYをベースとする数量管理を重視」への批判

資源学者でありながら、「王様(MSY)は裸(インチキ)だ」と勇気と証拠をもって発言されてきた桜本和美東京海洋大学名誉教授(元水産政策審議会会長)から、なんとこのブログに投稿がありました。それは水産政策改革の「1 新たな資源管理システムの構築」に対する批判でした。桜本先生のご意見を拝読して、私なりに要約すると以下のようになりました。

 

水産庁が水産政策改革で売出し中の新商品(古典的でない新MSY理論)にご注意を!

見かけは少し変えていますが、中身は同じく資源管理に使えないインチキ商品です。

 

それでは、投稿内容を以下に掲載させていただきます。桜本先生ありがとうございました。

 

 

 

                                                           2018年6月27日

水産政策の改革について

「MSYをベースとする数量管理を重視」への批判

 

               東京海洋大学名誉教授

                                櫻 本 和 美

 

【1】MSYの定義について

MSYが過った概念であることを指摘した拙著(水産振興605、東京水産振興会のHPからダウンロード可能)に対して、「水産振興605は古典的MSYに対する批判であって、現在は、古典的MSYと異なる定義がなされており、水産振興605に記載された批判は的外れ」といった趣旨の発言を最近になって数名から聞く機会があったので、まず、この点から説明しておきたい。

 

結論から言うと、「MSYの定義を変えたところで、衣装を変えただけであって、中身は全く変わらない」ということを以下で説明したい。本心で「水産振興605は古典的MSYに対する批判であって、・・・」と言われているのか、立場上そういわざるを得ないのでそういわれているのかは定かではないが、いずれにしろ、上記のような弁解は通用しないことを、まず、最初に説明しておきたい。なぜなら、そのことが「MSYの何が問題なのか」を再確認していただくよい補足説明になると考えるからである。

 

規制改革推進会議(H30年1月提出)に提出された『最大持続生産量(MSY)ベースの評価について』を見ると、MSYの定義に関して以下のような記述がある(水産庁HPより引用可能)。

 

近年、外国では、MSYを「長期的に漁獲量が最大になると認定できる範囲に資源を維持する管理を行うことで得られる漁獲量」と捉え、資源評価に取り入れるようになっているが、MSYの算定方法は国によって異なっている。

 

つまり、古典的MSYはMSYを与える資源水準が一点に固定されているのに対して、新しいMSYの定義では、MSYを与える資源水準は幅を持っており、その点が全く異なるのだ、と言いたいようである。しかし、以下で説明するように、MSYを与える資源水準が一点に固定されていようが、幅をもっていようが、本質的な問題は何ら変わらない。

 

そして上記の定義の下には、米国・EUでのMSYの運用という表があり、

 

米国: 「漁獲がなかったと仮定したときの資源量の30%40% 」を維持する管理を行うことで得られる漁獲量をMSY 

 

EU: 「再生産が安定する資源量の限界値に安全率 1.3 1.4 を乗じて得た資源量」を維持する管理を行うことで得られる漁獲量をMSY

 

と記述されている。

 

上記をみて、まず第1に気が付く問題点は、「米国の算定方法」にしても「EUの算定方法」にしても、上記の「MSYの新しい定義」の実現とは何の関係もないということである。「米国の算定方法」を用いようが、「EUの算定方法」を持いようが、「MSYの新しい定義」がそれら算定方法によって満たされるという保証は全くない。つまりは、「長期的に漁獲量が最大になる」という定義が保証されるという科学的正当性はどこにもないということである。

 

誤解がないように付け加えておくと、私は、「漁獲がなかったと仮定したときの資源量の30%40% を対象資源の1つの管理目標として使用することに異論があるわけではない。それはそれで、一つの管理基準にはなり得る(これについては後でまた、議論する)。しかし、それはMSYとは全く無関係である。「漁獲がなかったと仮定したときの資源量の30%40% をMSYとすると定義したとたんに、それは間違った(科学的に正しくない)定義になってしまうということである。

 

MSYとは、「MSYの新しい定義」にもあるように、最大でなければならない。MSYとは、「最大持続生産量」だから。しかし、「漁獲がなかったと仮定したときの資源量の30%40% は、運用上の一つの管理目標にはなるけれども、「最大持続生産量」ではない。言うなれば、「管理を実施するために我々が許容した(合意した)漁獲量」という意味合いで、Acceptable Management Yield (AMY) とでも言えばしっくりくるが、MSYでは決してない。これは、用語法(ターミノロジー)の問題であって、実用上どうでもいいと思われるかもしれないが、最大でもないものを最大と呼ぶのは、科学的ではない。すくなくとも、資源管理学をサイエンスにしたいのであれば、認めてはいけないと私は思う。

 

「MSY」という用語は、国連海洋法条約でも管理目標として出てくるし、我が国のTAC法でも利用されているので、何とかそのまま「MSY」という用語使いたいという気持ちはわかるが、「MSY」という概念が誤りであることを謙虚に認めない限り、資源管理に対する混乱は永遠に続き、その問題が解消されることはないだろう。それはちょうど、最初に事実を認めずウソついてしまうと、その嘘を正当化するために永遠に新たなウソをつき続けなければならないのと似ている。法律上の問題は「MSY」を例えば、「AMY」に変えればいいだけの話だと思うのだが・・・。

 

第2の問題は、「EUの算定方法」にある、「再生産が安定する資源量の限界値」という概念である。「再生産が安定する」といえば、皆さんはどんなイメージを持たれるだろうか? とりあえず一例として、図1には、日本近海の代表的な8つの水産資源の再生産関係を図示した(我が国周辺水域の水産資源評価(水産庁)より引用)。全系群に対してチェックすることももちろん可能である。

 

「再生生産が安定する資源量の限界値」はBlimit (ビー・リミット)と表記されているが、果たして、資源がこのBlimit以上であれば、「再生産が安定」していると言ってもいいと思われますか?「再生産」の変動幅は、Blimit以下の時より大きくなっているので、「再生産が安定」しているとはとても言えないと私は,思いますが・・・。「EUのMSYの運用」だって、このようにいい加減なものだということが、おわかりいただければ、今日のところはそれで十分で、これ以上議論するのはやめますが・・・。

 

【2】なぜ、「MSY」という用語の使用をやめないと、資源管理に対する混乱は続き、解消されることがないのだだろうか?

 

「MSY」の定義を変えたから、もう古典的な「MSY」とは違うのだから、水産振興605が指摘する非難は当たらないと反論して意気揚々とされているのかもしれないが、新しい「MSY」も古典的な「MSY」と中身が全く同じである。新しい「MSY」はMSYの計算方法が異なるだけ、つまり、MSYの値が異なるだけで、新しい「MSY」も古典的な「MSY」と全く同じ概念で使われている。そのことを如実に示している例がある。同じく、規制改革推進会議(H30年1月提出)に提出された『最大持続生産量(MSY)ベースの評価について』の2ページ目の表を見れば、そのことは、一目瞭然である。

 

そこには、EUが今後移行しようとしている算定手法に類似した方法で計算した系群ごとの「MSYを得た時の親魚量(A)」と「MSY」、2015年の資源推定値(B)、および、A/B が記載されている。何のことはない、やっぱり、A/B を使って資源管理をするわけである。つまり、現在の資源量(2015年の資源量)が「MSYを得た時の親魚量」の何パーセントにあるかによってTACを変える(場合によっては禁漁とする)。「なーんだ、新しくMSYを定義したところで、やろうとしていることは古典的な「MSY」と全く同じではないか」ということが、おわかりいただけると思う。「MSYを得た時の親魚量(A)」として幅を持たせても同じ。A/B の値が幅を持つだけの話である。

 

換言すると、「MSYをベースとする数量管理」の問題点は、「現在の資源水準をMSYを与える資源水準との比で議論する」ところに本質的な問題があるということである。幅があろうがなかろうが、問題は同じである。

 

なぜ、「現在の資源水準をMSYを与える資源水準との比で議論する」ところに本質的な問題があるのか、それを説明するために、『最大持続生産量(MSY)ベースの評価について』の2ページの表のマイワシ太平洋系群を見てみよう。「現在の資源水準をMSYを与える資源水準との比で議論する」ことの「あほらしさ」と「非現実性」がよくわかりいただけると思う。

 

 

マイワシ太平洋系群のMSYを与える産卵親魚量は494万トンと試算され、2015年の産卵親魚量は61万トンとなっており、2015年の産卵親魚量はMSYを与える産卵親魚量の12%となっている。「MSYをベースとした数量管理」を実施した場合、現在の資源水準がMSYを与える産卵親魚量の12%というのは、明らかにひどく乱獲されている状態ということになるので、『即刻禁漁にすべき』、あるいは、産卵親魚がMSY水準に達するまで、TACの大幅な削減を続けるべきということになる。MSYをベースとした管理を実施した場合、水産庁は、マイワシ太平洋系群を即刻禁漁にするのか、あるいは、TACの大幅な削減を産卵親魚量が494万トンになるまで、ずっと続けるつもりなのだろうか?

 

【3】水産政策の改革について 1.新たな資源管理システムの構築では、

「資源管理については、国際的にみて遜色のない科学的・効果的な評価方法及び管理方法とする観点から、以下の通り見直す」とあり、「国際的なスタンダードである最大持続生産量(MSY)の概念をベースとする方式に変更し、・・・」

とつづく。あたかも日本の管理方式より、欧米の管理方式の方が優れているとも言わんばかりの表現となっている。しかし、「国際的なスタンダードである最大持続生産量(MSY)の概念をベースとする方式」であるEUの管理方法も決して褒められた代物ではないことは、以下の例を見れば明らかであろう。

 

ICESが管理している大西洋サバについては、数量管理推進派が、資源管理のお手本としてしばしば引用してきたものであるが、2009年以降、TACが合意されない状態がずっと続いている。

 

ICESは設立後100年以上経過している国際的にも極めて評価の高い国際機関であるが、そのICESにおいてさえ、TACが合意できない状態が続いているということは、数量管理の難しさを如実に示すものと言えるだろう。このような事実があるにもかかわらず、MSYをベースとする数量管理を重視する正当性はあると言えるのだろうか。

 

 

【4】「漁獲がなかったと仮定したときの資源量の30%40% 」は時系列で示すべき

 

上記でも述べたように、私は、「漁獲がなかったと仮定したときの資源量の30%40% を対象資源の1つの管理目標として使用することに異論があるわけではないと述べた。それはそれで、一つの管理基準にはなり得る。ただし、上記の値を用いるときには、時系列で示すべきで、平均をとったりしたら全く意味をなさない。

 

図2はマイワシ太平洋系群について、漁獲がなかったと仮定したときの産卵親魚量を示したものである。当然であるが、漁獲がなかったと仮定したときの産卵親魚量も大きく変動している。このように大きく変動している漁獲がなかったと仮定したときの産卵親魚量はそのまま、管理方策に使用すべきであって、この変動の平均等をとったところで意味がないことは自明であろう。

 

 

それにも関わらず、なぜ、平均をとるのかというと、漁獲がなかったと仮定したときの産卵親魚量の平均を初期資源量の代用品として使いたいからである。なぜ、初期資源量が必要になるかというと、MSY理論を使うためである。しかし、漁獲がなかったと仮定したときの産卵親魚量と初期資源量とは、全く別物で、混同して使用してはいけないことは、水産振興605でも詳しく述べた。

 

繰り返すと、「漁獲がなかったと仮定したときの資源量の30%~40% 」を対資源の1つの管理目標として使用することと、MSY理論をベースとした管理方式とは、全くの別ものであって、混同して使ってはならないということである。

 

 

1 comment for “水産政策改革に対する意見(投稿)その② 「MSYをベースとする数量管理を重視」への批判

  1. 2018年11月7日 at 6:13 AM

    Excellent post. I used to be checking constantly this
    blog and I’m impressed! Extremely useful information specially the closing part 🙂 I take care of such information much.
    I used to be seeking this certain information for a long time.
    Thanks and best of luck.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です