もう黙っておれないクロマグロ資源管理 その④

欠陥その4 できもしないことを国際約束してきた無責任さ

先般、地元で開催されたマグロ資源管理の説明会に出て一番気になったことは、水産庁担当者の口から執拗に繰り返された「国際約束」の言葉でした。水戸黄門のごとく「国際約束」の印籠を掲げ、「頭が高い!畏れ多くも国際約束に基づくTAC様なるぞ!」と全くもって上から目線で押し付けがましさがはなはだしいものでした。

そこで私はテレビのように「ハハハー、それは畏れ入りました」となるのではなく、手を挙げて「一体だれがその“国際約束”をしてきたのですか。ここにいる漁師の人が国際会議に出て約束してきたのでしょうか。そうではないでしょ。現場漁業者の了解も取らず水産庁が勝手に約束してきただけではないですか。だからその“国際約束”は水産庁の約束であり、漁業者が約束したかのごとくに言うのはやめていただきたい」と発言しました。

私はマグロ資源管理の詳細を知れば知るほど、資源管理というお題目を振りかざせば、何でも通用するかの如く、その「傲慢さ」というか「現場無視の行政主導の強引さ」が強く感じられます。まさに安倍内閣の特性をよく表した1強独裁型資源管理の典型といえるでしょう。

大変動をくりかえす資源に少ないTACを固定すれば、何が起きるかなど誰にでもわかることです。かならず違反者続出で、国際的信用が失われます。その一方で、国内漁業者からは「守れもしない約束を勝手にしてきやがって」と猛反発を受け、結局水産庁がその板挟みになって悪者になるのです。

守れないことを約束して、国際的信用を無くすのは漁業者ではありません。日本国政府なのです。国際約束だからどんなに厳しい規制でも漁業者に守れと押し付けるのは間違いで、国際約束だからこそ、漁業者が十分守れる内容しか政府は約束してはならないのです。それが逆転してします。

とはいっても、おそらく多くの方は、資源管理に水産庁が厳しい対応をとることは間違っていない、漁業者の言うことを聞いていれば資源管理などできないと思うかもしれません。しかし、「厳しい規制とは無責任行政と紙一重」であることも事実なのです。例えば、各国政府と環境保護団体との違いはどこにあるのでしょうか。それはその規制を守らせる義務を前者が負っているものの、後者は負っていないことです。「守らせる義務」がなければ、いくらでも厳しいきれいごとを言えますが、それでは資源管理はできないのです。

私の水産庁時代の経験を踏まえると、目先の交渉妥結を優先させるあまりに、その後の「守らせる」ことが後回しにさせられ、その後始末に苦労させられたこともありました。しかし、ある時に「国内対策を準備してから交渉に臨む」と方針転換された幹部が現れてから随分と楽になりました。では、その当時のことを回想しながら、今回の国際約束に対して感じる「無責任さ」を指摘していきたいと思います。

 

1 国際交渉とは国内対策に尽きる

 国際交渉といえば、「タフネゴシエーター」が堪能な外国語で丁々発止と外国の代表団とやり合うシーンが浮かんでくるイメージがあります。しかし、私が1980年代の約10年間、ソ連(当時)とアメリカとの2国間漁業交渉及びベーリング公海スケソウダラ漁業を巡る多国間漁業交渉に係わった経験から言えば、国際交渉とは開始されるときにほぼ結果が決まっており、その交渉者の能力によって左右される部分はわずかなのです。

「交渉とは、それぞれの国内事情という持ち駒(ピース)をいかに互いにうまくはめ合わせ、相互の合算された利益を最大にするかというゲーム」と交渉のたびに感じていました。漁業交渉には勝ち負けがないような気もしました。例えば、一方的な入漁交渉では日本は極めて弱い立場にありましたが、相手国代表も前年より少ない割り当てしか与えないで、しかも前年より多くのものを日本から獲得せよ、の使命を帯びて参加しており、交渉を決裂させるまでの選択肢はないところ、一応交渉の焦点は絞られ、その場で使える駒(ピース)も互いに限られていたからです。

今回のテーマとは直接関係がありませんが、日ソサケマス漁業交渉(当時)の代表を務めていた海洋漁業部長(当時)の交渉に当たっての悲哀が感じられるたとえ話が面白かったので紹介します。

ある旅人(日本)が肉(協力金)の入った袋を背負い歩いていた。そこにオオカミ(ソ連)が現れ食べられそうになったので、その袋から一片の肉を取り出し道に放り投げ、逃げ出した。オオカミはそれをしばらく食べていたが、食べ終わるとまた旅人を追いかけ始めた。旅人は最後の肉がなくなれば自分が食べられることは分かっていたが、今はそれをどれだけ長く引き伸ばすことができるかだけだった。残念ながら日ソ漁業交渉での自分の立場はその旅人だ。

1985~1988年のモスクワ大使館勤務を挟み、その前後合計約10年間、私は連続して北洋漁業(サケマス、カニ、ツブ、底魚)関連の仕事をしました。当時を振り返ってみると、交渉⇒違反⇒処分⇒減船⇒交渉の負のサイクルが繰り返され、正直良い思い出はありません。

特に「北転船」といわれる底引き網漁業に対しては、総隻数は50隻足らずでしたが、徹底的な取り締まりを行い、3年間で合計1万1千日の停泊処分を課しました。ある時期には沖で操業できる船が数隻だけで、ほとんどの船が各母港で停泊しているという状況もありました。それは戦後水産庁がすべての違反船に課した総停泊処分日数をも上回る程の大処分でした。違反にはより儲けたいがための違反もありますが、その当時は違反しないと生きていけないための違反です。毎回の取り調べにおいて漁労長が、船員への給与、油代などを説明し、どうしたら今の割り当てでやっていけるのかと逆質問されることもありました。口には出しませんでしたが、本当に悪いのは違反する漁業者ではなく、違反せざるを得ない状況に追い込んだ自分の方ではないかとも感じたことがありました。その時の「行政は守れないことを漁業者に強制してはならない」の思いが、資源回復計画での徹底的な漁業者との話し合いであり、これが3年間で合計2000回の協議会の開催につながったものと思います。

何よりもつらかったことは以上のような状況にありながら、その翌年の交渉でも「守れない約束を約束せざるを得なかったこと」でした。そんな割当量(TAC)では全船赤字が避けられないのです。しかし、交渉を決裂させると割り当てがゼロとなるので、それを受入れるしか選択肢はありませんでした。これが当時の水産庁による交渉状況ですが、一方で、私が評価するのは交渉している現地に関係漁業団体の代表を随行させ、逐一交渉の経緯を説明し、交渉の妥結においては関係漁業団体の代表の「やむなし」の意思を確認してから行ったことです。これは、パブコメの期間を短縮しTAC削減を一方的に通知するマグロ資源管理における今の水産庁の対応とは雲泥の違いです。

当時の水産庁では、漁業交渉は国際課が行い、その漁業管理は遠洋課又は沖合課(いずれも当時)が担当していました。ただし、サケマス漁業はその漁業管理も国際課が行っていたこともあり、交渉と管理が同一課により行われる例外的な事例で、ソ連との漁業交渉担当者がその後始末もつける責任を自ら負ったのです。他の交渉では、そのようなことはなく後始末はその漁業を管理する別の課で行ったのです。それゆえに、確かに交渉者が交渉の妥結を優先し、あとのことをあまり考えない国際約束をしてしまう傾向があったと感じました。

今回のマグロ資源管理交渉に参加した担当者は、その国際約束が国内漁業に与える影響を深刻にとらえ、その後始末まで真剣に考えたうえで交渉に当たったのでしょうか。特に、定置網漁業をその規制対象に加える決断を、どこの時点でだれが行ったのかに大変関心があります。まさか、それが都道府県知事管理下にあるゆえに、自分には関係ないとしたなら「無責任の極み」です。

過去の話に戻りますが、交渉で割り当てが減らされるたびに、減船の予算確保のために大蔵省(当時)主計局通いが始まります。もう200海里以降何度も同じパターンが繰り返されているのに、必ず主査から「何しに来たの、交渉で負けたからと言って、いつものように付け回しはダメよ」から始まります。そうして最終段階では「前回の補償金は多かったのでそれより減らすからね」となり、一方業界は「そんな金額では減船できない、違反し続けるしかない」と反発する。

そんなことが繰り返されていた時に、京谷昭夫氏が水産庁長官に就任されました。京谷さん(失礼ですがそう呼ばさせていただきます)は、後日事務次官となり日本中央競馬会の理事長にもなった立派な方でしたが、60歳という若さで残念ながらお亡くなりになりました。また、長官以前に日ソ漁業交渉の日本側代表である海洋漁業部長も経験され、その時に日ソ漁業関係の大きな変換点となったモスクワでの100日交渉(開始されたのが12月終了したのが4月で途中2回の中断を挟み延べ3回開催された)があり、その時に私が大使館駐在の書記官としてお世話をさせていただいたのでした。

長官となった京谷さんがすぐに取り掛かったことは、「国内対策を準備してから交渉に臨む」ための減船に係る支援制度「国際漁業再編対策について(平成元年12月22日 閣議了解)」の創設でした。それまでのように、毎回交渉後における財政当局との折衝を踏まえないと減船支援措置が何一つ決まらないのでは、関係業界がどの段階で交渉結果をやむなしとして受け入れてよいかどうかが判断できません。ということは交渉に責任を持つ政府代表としても、どこで決断すればよいのか、非常に難しかったからです。

北洋漁業を担当していた私は、本当にこの閣議了解のおかげで交渉後の後始末が随分と楽になりました。普通であれば、国内受けの良い「頑張ります」といってただ交渉を繰り返してくる方を役人は選びます。しかし、その表面だけの格好つけの無責任さが、漁業者を必要以上に混乱させ苦しめていることを直視したのです。京谷さんが偉いのは、どんなに頑張ったところで撤退を続けるしかない現実を正直に表に出して、その国内対策を事前に講じたことでした。

この閣議了解には「始めから負けることを前提にしたような対策を打ち出せば、交渉に悪影響を及ぼす」という指摘もありましたが、京谷さんは「これは靖国神社。これがあるからこそ思い切り交渉で戦える」と言っていました。

もちろんこの事例をそのままマグロ資源管理を巡る交渉には当てはめられません。しかし、規制改革やマスコミに受けの良い「資源管理頑張ります、厳しい規制も受け入れます」だけで交渉に臨み、結果国内漁業者を混乱させ苦しめているだけではダメなのです。国際交渉とは国内対策に尽きるのです。今回のドタバタ劇を見てあらためて京谷さんのことを思い出した次第です。

今も昔も国際約束が漁業者を苦しめることは同じです。違いはその苦しみをいかに緩和する方策が用意されているか、いないのかです。政府はその方策を用意して初めて国際約束への責任を果たせるのです。とんでもない規制を国際約束していながら、それで国内が大騒ぎになると、まさに泥縄的にその対策を今から検討しようとしているだから私は今回のマグロ資源管理の国際約束を「無責任」と言わざるを得ないのです。

 

2 国際交渉にはもっと日本ファーストで臨むべきではないか

熊野の漁業者は、夏はヨコワ(クロマグロの稚魚)、冬はサンマを漁獲しています。サンマが2年連続で全く獲れなかったこともあり、最近よく言われることがあります。なぜ水産庁はどんどん増えているマグロは獲るな、獲るなと言いながら、一方で全然獲れないサンマは、台湾や中国の船に好き放題獲らせているのか、自分たちはいったい何を獲ればよいのかと。外国には弱腰で、国内漁業者には厳しい、まったくこの水産庁の内弁慶はどうにかならないものかと。

私も、この太平洋クロマグロの資源管理を行う国際機関である中西部太平洋マグロ類委員会における日本の立場を考えるに、もう少し強気(国内が混乱を招かいない程度の合意に留める)で交渉してもよいのではないかと思います。

クロマグロと同じく例としてあげたサンマもそうですが、これらの資源管理の国際的枠組みは、国連海洋法条約と国連公海漁業協定に基づいています。特に国連公海漁業協定のフルネームが「分布範囲が排他的経済水域の内外に存在する魚類資源(ストラドリング魚類資源)及び高度回遊性魚類資源の保存及び管理に関する1982年12月10日の海洋法に関する国際連合条約の規定の実施のための協定」となっていることからもわかりますが、下の図のような地域漁業管理機関の基礎になっているものです。

(外務省HPより)

ここで私が思うのは、同じ高度回遊性魚類のマグロを対象にした国際機関とはいえ、日本から遠く離れた大西洋やインド洋などにおける国際機関における日本は完全に「アウエー」の状態にあり、そこでのルール作りに主体的に関与するのは難しく、また決まったことは守らないと旧ソ連との交渉のように実質的に漁業ができなくなるのもわかります。(ただし、厳密に言うと公海上での漁業規制を協定未加盟国に一方的に強制する権限までは認められていない)

しかし、太平洋クロマグロは、以下の図のように産卵場は日本の排他的経済水域が中心であり、小型魚の一部が太平洋を横断して東太平洋まで回遊しメキシコにより漁獲されますが、漁獲量の半分以上を日本が漁獲しています。つまりこの規制については日本が「ホーム」として優位に交渉できる、そう私は思うのです。

 図4. 太平洋クロマグロの分布と回遊の概念図(水産庁HPより)

そのような権利が国際法で認められている訳ではありませんが、私は、以前からその資源が生まれ育つ水域を管轄する国こそが、その資源を利用する第一義的権利を有するべきではないかと思っています。例えば、遡河性魚種(サケマス)では、明確に母川国主義が認められており、その国の川で生まれたサケマスの公海上での漁獲は、その国の了解がなければできませんがこれと同じです。

サケ・マスの一生涯から見ればほんの一時期だけそこにいるだけで、大きくなるための餌もほとんど外洋で取っているのに、そこまでの強い主権が河川国に認められているわけです。だったらその資源が生まれ育つ海域を管理・保全する責任を負った国にもそれなりの優先的権利が与えられるべきだと。

なお、遡河性魚類ではないのに、産卵水域管轄国が実質的に強い権限を有してるような協定があります。それが、上の国連公海漁業協定の図にある「ベーリング公海漁業条約」です。これはスケトウダラが対象ですが、国際的枠組みで言えば、日本の排他的経済水域の外の公海で台湾、中国船が漁獲している日本水域生まれのサンマやマサバと同じ位置付です。

しかし、その条約では資源が減ったということで、今現在はスケソウダラ漁はモラトリアム(一時中止)となっています。そのスケソウダラ資源はアメリカのアリューシャン列島にあるボゴスロフ島周辺で生まれるものであり、国連公海漁業協定では「排他的経済水域での沿岸国の保存管理措置と公海での地域漁業管理機関等の保存管理措置との間に一貫性を保つ」となっていますが、アメリカがその資源を国内で禁漁しているとは聞いたことがありません。産卵場を持つ沿岸国は排他的経済水域で漁獲しても、外国には公海上では獲らせていないのです。一応の国際ルールはあっても、結局力の強い国が自分に有利な方向に改変していく国際社会の現実を表しているのではないかと思います。

いやいやだからこそ、太平洋クロマグロは、日本が先頭を切って厳しい規制を打ち出すことで他国もそれについてくる、という考え方もあるかと思います。しかし、私が知っている限り漁業交渉での一方的な誠意など通じたためしはありません。仮にそうしても、相手国はそれが当然として受け止め、自分はまったく譲歩せず、さらなる譲歩を日本側に求めてくるだけです。漁業交渉は町内会の付き合いとは違います。

私が水産庁に期待したいことは「太平洋クロマグロは日本のもの、だから資源が悪いときには、まずよその国から遠慮せよ」というくらいの迫力で交渉して欲しい、TPPに反対した第一次産業潰しを最優先政策に掲げる安倍総理官邸の力を後ろ盾に、国内漁業者にだけ強気にならないで欲しい、ということです。

 

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