もう黙っておれないクロマグロ資源管理 その⑤

欠陥その5 大量漁獲漁業と少量漁獲漁業の規制に差をつけなかったこと

 

水産庁のパブリックコメントに寄せられた意見の中で、最も多かったのが以下の通り、大中型まき網への批判でした。

  クロマグロ大型魚の漁獲枠の配分について(平成30年7月)より

私としては、本来一番多くあるべき意見は「インチキなMSYに基づく資源管理を一刻も早くやめて欲しい」でなければならないと思いますが、まさかそんなインチキなことをやっているとはだれも思わないので、これも致し方ないかも。

でもこの問題は、同じ漁業者間でいがみ合っても解決にはならず、本当の敵を見間違わないようにしなければなりません。あの北海道の大量入網定置網業者を他県の定置網業者が批判しているようですが「明日が我が身」で、次は自分が批判されることにならないという自信でもあるのでしょうか。マグロ資源管理を巡って国内漁業者が争うのは、その原因者の水産庁を喜ばせるだけです。

それでは以下、資源管理に当たっての大量漁獲漁業と少量漁獲漁業の規制についての、私の考えを述べたいと思います。

1 漁業種類間の対立には、これだという正解がない永遠の課題

この大量漁獲漁業(沖合漁業)と少量漁獲漁業(沿岸漁業)との間の利害対立は、日本漁業の宿命のようなものであり、未来永劫無くなることはないと思います。また、それにはこうすれば解決できるという正解もないと思います。

皮肉な言い方をすれば、この利害対立(漁業紛争)とは、日本漁業が多種多様な漁法により、多種類の魚貝類、高級魚から大衆魚、までを利用し、高い生産性を維持しているゆえに避けられない持病のようなものだと思うからです。「最近あまりあそこのゴタゴタを聞かないけれどどうなった?」「魚が減って喧嘩する元気もないとか、そのうち増えればまた始まりますよ」とよく聞くフレーズがそれを表していると思います。

資源回復計画においては、漁業者と徹底的に話し合いをしましたが、どこに行っても最初の会議で漁業者が、かならず言うことが3点ありました。まず一点目は外国からの輸入魚を減らせ。当時魚価安が深刻で、このままでは資源が回復しても経営回復にならないということ。2点目は、資源が減ったのはあいつら(沖合漁業や他県の漁船など)の獲り過ぎのためだから、あいつらを規制しろ。3点目は、遊漁船をどうにかしろ。不思議なことにこの3点はほぼ間違いなくどこでも漁業者が問題提起しました。それには、どうせまともに答えられない水産庁の痛いところを突いて「おかえりください」「もう来なくてよいです」という意思を伝えたかったのではないかと思いました。

しかし、それでもしつこく「皆さんのできることは何かないですか」と聞くと2-3回目からぽつりぽつりと「ああすればよいかも」「これならできるかも」が出てきてきます。漁業団体の職員さんから言われたことは、決して「皆さんはこの方法でこうしてください」は言わないで下さいでした。

なぜなら、その地域ごとに異なった事情があり、隣がそういうやり方(漁期規制)だったとしても、自分のところは別のやり方(漁具又は漁場規制)でやるという具合に選択させないと、押し付けてはうまくいかない。海と魚を一番知っているのは彼らであり、彼ら自身も「ここは改めた方が良い」は自覚しているからという意味からです。

そこで、その地域ではどういう手法を採用するかが決まれば、その手法ごとのF値削減効果を推定比較し、参加漁業者のF値の削減率が同じようになるように、全体の削減案を作り上げていくのです。そういうやり方をすると、あまり隣との削減率の違いには強い関心を向けられることはありませんでした。

しかし、問われれば「たとえ1年に1尾しかそれを獲っていない人でも100万尾獲っている人でも、その尾数分に応じたF値削減への貢献をしていただくそれが原則です」と答えました。もちろん実際の手間を考えれば、100万尾のほうに力を入れ、1尾は無視しましたが。この辺はおのずと浜の常識で決まってきて、そんなに厳格に同率で規制する必要もありませんでした。

今から思えば、仮に資源回復計画がTAC削減手法に限定されていれば、漁業種類間、地域間の削減率が一目瞭然で数値で比較できるゆえに、漁業者の不満に火をつけ、クロマグロTACのように政治の場にまで行かないと調整がつかないということになったかもしれません。

なお、あえて自慢させていただきますが、資源回復計画の作成段階では漁業者との激しいやり取りがあったものの、一度たりとも担当者を超えて水産庁の幹部に直接苦情があがることもなく、まして国会議員から呼び出されるということも一度もありませんでした。

なぜなら、最終的に資源回復計画を決定する場合は、関係する漁業者協議会(すべての計画の協議会を合わせると250近くあった)で必ず事前に説明し、その了解を得てから初めて、広域漁業調整員会で正式決定するルールを厳格に守ったからでした。

要するにクロマグロのTAC配分が政治問題化したのは、水産庁が漁業者の了解を得る必要性など無視する(丁寧な説明で関係団体等の了解を得ながらなどは口先だけで、現実を見ればそれが真っ赤な嘘であることは明白)安倍1強独裁型資源管理手法に転換したからだと思います。

今後、水産政策改革でTAC対象種が増え、民主的な自主管理(コモンズの悲劇の第3の道)から役所による独裁的公的管理(第2の道)への時代の逆行が始まるたびに、漁業者の不満が高まり、その配分を巡り政治問題化するのは避けられないでしょう。

 

2 マサバ資源回復計画では大量漁獲漁業しか規制の対象にしなかった

資源回復計画では「一尾でも獲ればその一尾なりの貢献はしていただく」と口では立派なことを言っていましたが、実際にどこまでを規制対象とするかは現実を踏まえて検討しました。太平洋マサバ系群の漁獲実態は資源回復計画が開始される前の5年間(1998-2002年)の平均でみると、大中型まき網(8割)、定置網(1割)、中型まき網・サバたもすくい網(1割)でした。

そこで、まず定置網については迷うことなく対象にしませんでした。その理由は、漁獲量が少ないというよりも、選択漁獲が困難な定置網に入るマサバをどうやって制限するのか、できるわけがない。できないことは漁業者に強制しない。それが資源回復計画の原則ですから。

次に考えたのは、まず太平洋北部水域の大中型まき網による小型魚保護から開始し、それが親魚になった3年後からその産卵場である太平洋中部水域まで対象を拡大しまき網とさばたもすくい網を追加する2段階方式でした。そうして最後まで定置網については「資源状況を見ながら今後検討」として(正直に言えば)逃げ切ったのです。

つまり、漁獲量の8割を占める北部大中型まき網をしっかり規制すれば、その他の漁業についてついてはそれを規制する手間と効果から考えて計画には載せたが、(腹の中では)実際には規制しないとしたのでした。ということで、関係漁業は一応すべて何らかのF値削減に貢献をするという計画(建前)でしたが、結果的には太平洋北部の大中型まき網のみの休漁(本音)で資源回復目標を達成したのです。

そこでクロマグロです。クロマグロの日本の漁法別漁獲量(2016年)は、おおよそまき網(5,100トン:72%)、定置網(1,200トン:17%)、ひき縄が(800トン:11%)ですので、80%と72%の8%の差はありますが、やはりまき網が圧倒的シェア―を占めており、私が担当者であれば、まき網だけを規制の対象にしたでしょう。まず、定置網については何度も言ってきた通りの理由「できないことは強制しない」から除外します。

次にひき縄です。私も乗船したことのある沿岸小型漁船によるひき縄釣りについては全国で2万隻、多い県では2千隻を超えるとのこと。現場で漁獲量取り締りをした経験がある者であれば、絶対にこんな隻数の漁船を対象にした数量管理をやろうなどとは考えません。不定期に日帰りで、数多くの港において水揚げする2万隻の小型漁船の監視などできるわけがないからです。これでは素人は別にして、プロの目から見ると「いやー、カッコつけだけですから、いくらでも誤魔化してください」と言わんがばかりです。

TACという制度そのものが、限られた隻数の大型漁船が主体の外国漁業での手法であり、そもそも桁違いに多い日本の沿岸漁船にはその監視コストとの関係で無理という子供でも分かることが最近の水産庁技官にはわからないようです。

まさに、前代未聞の机上の空論・カッコ付け・無責任行政です。正直「ふざけているのか」としか言えません。どうせ都道府県の責任でやらせるので、できるかどうかなど水産庁には関心がないというのが、見え見えです。違反が続出すればマスコミに向かい「国民の皆さーん、県庁はしっかり取り締りをしていませんよー、困ったものですネ」と責任転嫁すればよいのですから

私が県庁の課長なら、できもしない無責任な国際約束をしてきたのは国でしょ、だったらマグロ引き縄釣り漁業は国際漁業になったのですから、その管轄を地方から中央に移管して水産庁自らその取り締り責任を果たしてくださいと言います。百歩譲っても各県ごとの定置網とひき縄の割り当ては「若干量」にし、県は漁獲量報告にだけ責任を持つのが、せいぜいのところでしょう。

それにしてもできもしないことを水産庁に押し付けられて、文句も言わず都道府県はおとなしく従ったものです。というか、いつものだましのテクニック「ここは騒がないでくれれば・・・・するから」という阿吽(あうん)の呼吸があったかもしれませんが、悪事は必ず露見するもので痛い目に合うのは都道府県ということを忘れないで欲しいと思います。

 

3 守れない厳しいTACはIQ導入への罠

 上の2で説明したマサバ資源回復計画の中で、大中型まき網漁業のみを規制対象とした理由のなかでは、あえて「沿岸漁業者の大量漁獲漁業への反発」や「小規模零細漁業への配慮」という観点について触れませんでしたが、これは一般論としては十分考慮すべき点だと思います。しかし、マサバ資源回復計画ではそれを取り上げなくても、隻数が多いわりには漁獲量が少ない沿岸小型漁船の取締りにかかるコストとF値削減の効果を比較すれば「労多くして益少なし」という理由を上げればそれで充分であったからです。

では、沿岸漁業においてどうしても数量管理をやらざるを得ないときにはどうすればよいのでしょうか。行政の力では全く対応できないので、それなりのやり方をしなければなりません。それこそ日本漁業が世界に誇る漁業者による自主管理(自分第一主義の外国では自主管理など高度過ぎてやろうにもできない)のもとでの、相互監視体制の構築です。それができれば沿岸漁船への守られるTACも可能となります。

しかし、今回のような上から目線の一方的な押し付け型のクロマグロ資源管理においては、絶対に漁業者による相互監視体制の構築は不可能です。誰一人として協力はしません。すでに20年以上の歴史をもつ国内TACの運用実績からして、そんな簡単なことをどうして水産庁は判断できなかったのか不思議です。

突如としてスズメの涙ほどのTACをさらに都道府県別に細切れにし、しかも零細漁業者まで対象にして問答無用で割り振りまして加入がどんどん増えてきた中では絶対に守られるはずがない。これは誰が考えてもわかりきったこと。それでも水産庁は強行した。

なぜか。そこでふと思ったことは、水産庁は守れないことを承知の上で、わざとやっているのではないか、既に前々からこのクロマグロTACには、規制改革の意向を踏まえた何らかの仕掛けを忍ばせているのではないか、という以下の解釈でした。

今回の水産政策改革の意図するところは非常に明瞭で、一言で言えば「海の加計学園化」です。獣医学部不足の解消という大義名分を掲げ、じつはその特区でお友達だけがうまい汁をすすることができる、あのやり方です。エセ大義名分を掲げた権力による公的権益の私物化です。

今度はそれを漁業でやろうとしているだけで、改革の名に値するものなど一つもありません。今回の改革はその目的がお友達企業利益の追求と外国の富裕層を喜ばせる輸出拡大(これを「漁業の成長産業化」と称する)だけで、一般国民に対する公益性の向上などどこにもなく、過去の真面目な漁業改革と比較し、その強欲性と醜悪性においてはぴか一です。

漁業者から資源を取り上げ、お友達企業に渡すためには何が必要でしょうか。そのためには、まず(第1段階)TACを導入し、次に資源を分割し(第2段階)IQ化し、最後にその売り買いで金儲けの手段にできる(第3段階)ITQの導入(コモンズの悲劇の解決における第1の道)で完成です。

ところが、その邪魔をしているのが、日本における大宝律令の時代からの「資源はみんなで仲良く使おう(山川草木の利公私これを共にす)」の伝統であり、それが漁協という共同体による資源の自主管理(コモンズの悲劇の解決における第3の道)であり、日本周辺資源の変動特性に適した資源管理手法である資源を分割する必要のないF値管理(インプットコントロール)なのです。

そこで規制改革が目を付けたエセ大義名分が、これまたエセMSY理論に基づくTAC制度です。かつての水産庁技官は、大臣許可の遠洋漁業を抱えその取り締り現場を経験していたので、数量管理のインチキさがわかっていました。だから20年にわたりTAC魚種を7魚種に限定してきたのです。ところが、お友達優先の安倍総理官邸が握った人事権におびえた官僚の堕落の例にもれず、水産庁役人も劣化しそのお先棒を担ぐようになり、TAC拡大の犠牲者第一号として目をつけたのがクロマグロなのではないでしょうか。

クロマグロをTACにして第一関門が突破できたので、つぎはIQに誘導。そのためには定置網やひき縄が絶対に守れないような厳しいTACを課し、わざと違反をさせ、いつものように(TACそのものが少ないなどは絶対に認めず)IQではないから先獲り競争するから守れないのだと嘘を並び立て第2段階へ移行させる。

そう考えると、水産庁は何が何でも沿岸漁業者に少ないTACを押し付けて、違反を待っている。違反が表に出れば、「だからIQが不可欠」と言い出すのは見え見え。水産政策改革では、日本の漁獲量の8割までをTACにする計画。

「TAC導入⇒少ないTAC(初期資源の〇〇%目標と低加入量の組み合わせで恣意的少量TACの設定はいとも簡単)⇒違反発生⇒IQ導入」という流れですね。

IQにしそれを遵守したところで、過去の北洋漁業と同じくもともとのTACが少ないのですから赤字経営は避けられません。なら、借金返済のためにIQを売り払うしかない。もうITQ導入も時間の問題ですね。まさに「海の加計学園化」方程式というべき深慮遠謀です。

 

4 改革の最終目標は少量漁獲漁業(沿岸漁業)の撲滅

「沿岸漁業の撲滅」はいくら安倍内閣といえども、被害妄想過ぎるのではとも思われるかもしれません。しかし、これは被害妄想ではなく現に、水産政策改革の参考資料に堂々とそう書かれています。

 (水産庁HP 水産改革関連資料 「水産業の現状と課題」 より)

 

この資料ほど完全に水産庁が、規制改革の考え方に毒されてしまっているのが明瞭に現れているものはないと思います。水産庁の致命的な誤りは、漁業を評価するにおいて1経営体・従事者・漁船当たりの生産量でその生産性の優劣を判断していることです。

私から見れば全く逆です。1漁業従事者あたり223トンもの魚を必要とする大中型まき網漁業とは、1漁業従事者あたり7トンで済む沿岸刺し網漁業に対しどんだけ生産性が低いのか。資源1トン当たりの雇用創出生産性は32分の1です。

これほどバカげた資料はありません。なぜなら、漁業という産業の存在価値についての判断基準が100%企業利益の視点であり、地域や零細漁業者の維持という社会的視点が完全に欠落しているからです。このブログで何度も紹介しましたが、これは非常に大事なことですので、再度以下に掲げます。

                         漁業の目的とは
・世界的に著名な資源学者であるレイ・ヒルボーン教授は、2011年に科学雑誌「ネイチャー」において漁業の目的を①食糧供給、②雇用、③利益、④地域共同体、⑤生態系・環境の5つに分類
・アラスカなどでは、徹底的に「雇用」と「地域共同体」を重視するため、少数でできる漁業であっても、一人でも多くの漁業者が従事し、地域共同体を維持するための漁業管理を善とする。
・ノルウエーやNZなど漁獲物のほとんどが輸出される国では、「利益」を最も重視し徹底的な効率化により少数で大量漁獲の金儲け漁業を善とする。

このように、「国によって異なる漁業の存在意義」は日本の漁業・養殖業のあり方を議論するにあたって最重要な視点ですが、今回の水産政策改革はあくまで企業利益のための改革ですから「漁民・漁村など知ったことか」です

資源管理の大義名分を立てながらも、この資料の通り大量漁獲漁業こそが水産庁にとって優等生なのですから、少量漁獲漁業の劣等生である沿岸漁業者はできるだけ減ってもらった方が良い。そのためには、沿岸漁業者の資源を金で集約できるITQ制度がどうしても必要なのです。クロマグロの沿岸漁業へのTAC設定も、その目的は資源管理のためではなく、少量漁獲漁業者に分散している資源を、少数の大量漁獲漁業者に集約するための手法導入と考えたほうが良いと思います。

次の資料についても見てみましょう。

  (水産庁HP 水産改革関連資料 「水産業の現状と課題」 より)

 

水産庁もしつこいですね。外国との比較です。「日本の・・・はアイスランド、ノルウエー、ニュージーランドより著しく少ない」としています。だから何が言いたいのでしょうか? あーそうですか、だから日本漁業の資源1トン当たりの雇用創出生産性が、アイスランドの8.2倍、ノルウエーの7.8倍、ニュージーランドの9.4倍も高くて日本は素晴らしい「資源有効活用国」と言いたかったのですね。よくわかりました。

それよりもこの表で意外だったのは(漁業者人口が多く平均的国民所得の低い中国は別にしても)イタリアや米国の生産単位当たりの生産量が日本よりも低いことです。逆に言えば、資源1トン当たりの雇用創出生産性が日本より高いことです。これは両国における沿岸漁業が元気なことを表している証拠ではないかと思います。資源管理を掲げるのならその限られた資源でできる限りの多くの漁業者が生活できるようにした両国こそを目標にしなければならないのではないでしょうか、水産庁様。

しつこいですが、次の資料もあります。

(水産庁HP 水産改革関連資料 「水産業の現状と課題」 より)

待ってました! いよいよお約束のノルウエー漁業の登場です。ノルウエーについてはこのブログ「資源爆食漁業国ノルウエーは日本漁業のモデルにならない()」で「ギャル曽根漁業」と揶揄させていただきましたので、もう新たに言うことはありません。

ただし、9月の自民党総裁選挙との関係で注目すべきグラフがここにあります。それは、左上の「漁船数・漁業者数の推移」のグラフです。よくご覧ください。見事に漁業者数が減っていますね。つまり、自民党が推進する水産政策改革に従うと、この「漁船数・漁業者数の推移」のグラフの通り日本における漁業者数が激減します。これが自民党が描く日本漁業の将来像です。

これは漁業だけではなく、農業・林業にも通じた一貫した自民党の政策であり、農地、森林、水産資源(漁場)を零細事業者を排除することで企業に集約化させ、新たな第一次産業の形態へと移行させようとするものです。

さて、そんなことをして一体この国はどのような国になるのでしょうか。総裁選の争点が「どのような国づくりをしていくか」になるらしいので、高い関心をもって見ていきたいと思います。おそらく地方に住む自民党員は、党が公約とする地方創生と、実際の政策である地方の人減らしとの言行不一致の現実に接し、二重思考能力が必要になってきているのではないかと思います。

                                 二重思考とは
二重思考(にじゅうしこう、ダブルシンク、Doublethink)は、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する思考能力であり、物語の中核をなす概念。それは「相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉すること」である。作中の例でいえば、舞台となっている全体主義国家(安倍1強独裁体制)では民主主義(TPPに反対した既存の第一次産業)などは存立しえない、という事実を信じながら、なおかつ、国家を支配する「党(自民党)」が民主主義(既存の第一次産業)の擁護者である、というプロパガンダ(総裁選挙での安倍総理の演説)をも同時に信じることを指す。
(黒字のウイキペディアの記述に赤字を加筆

 

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