初心者向け「新たな資源管理政策」への批判  

前回のブログと同じ理由ですが、既に私が別の雑誌に投稿した水産政策改革のうち「新たな資源管理政策」に関連した拙稿が、漁業法改正案の国会審議スケジュールとの関係で「3月4日に届いた雛あられ」状態になりそうなので、それが発行されるまえに、その内容を急遽ブログに掲載させていただくことにしました。 

その雑誌とは、全農林・農村と都市をむすぶ編集部が出版している「農村と都市をむすぶ」です。雑誌名からわかりますが、これは農業関係者を主たる読者に想定したもので、これまで私が寄稿してきた水産関係の雑誌とは、読者層が異なります。  

ということで、できる限り初心者にもわかりやすく書いたつもりのものです。なお、以下の掲載文書には投稿した内容に一部加筆したところがあります。それは水産庁が資源が増えた理由を「TACで漁獲量を削減したため」という嘘をついているので、そうではなく、環境要因の変動で増えたことを、マイワシ資源を事例に、具体的証拠にもとづき指摘した部分です。

執筆するにおいて心掛けたことは、新たな資源管理政策の目的は、資源管理ではなく、資源管理に名を借りた金儲けということを、いかに分かりやすく広く国民の皆様に理解していただけるかということでした。どこまでそれが伝わっているかわかりませんが、国会審議を通じ、その真の狙いを暴くことに少しでもお役に立てればと思います。

 

 

 水産政策改革における新たな資源管理への批判
 -資源管理に名を借りた金儲けの正体を暴く―

                佐藤力生
                現 鳥羽磯部漁業協同組合 監事
                元 水産庁資源管理推進室長
 
はじめに
平成30年6月1日に「農林水産業・地域の活力創造プラン(改訂版)」に位置づけられた水産政策改革(以下「当改革」)は、今からさかのぼること11年前の日本経済調査協議会(財界4団体により設立された組織)の提言「魚食をまもる水産業の戦略的な抜本改革を急げ」を受けた内閣府規制改革会議(当時)の「規制改革推進のための第2次答申」(平成19年12月25日)が発端となっている。

その路線に従い、財界推薦の水産の素人委員だけで構成された昨年来の内閣府の規制改革推進会議での議論に基づき当改革は作成された。想定していたとはいえその内容は、かつて水産庁において資源管理を担当し、退職後は漁村に移り住み日々漁業現場に身を置く私から見ると、「言語道断」「愚の骨頂」であった。新たな資源管理は以下に述べるように理論的にも現実的にも完全に間違った政策である。仮にこれが実行されることになれば、漁業現場に大混乱を引き起こすだけで、当改革の二大目標である「水産資源の適切な管理」と「水産業の成長産業化」の達成は到底不可能である。

しかし、それでもかまわないのである。

なぜなら、当改革の真の狙いは、一部の外国ですでに導入されている公共資本たる水産資源を分割して私的資本化し、その市場取引で金儲けができるマネーゲーム化するのが目的であるから。これは規制改革が農業改革においてJA全農や経済連の株式会社化や農林中金の解体を打ち出し、その膨大な資金を市場取引の対象にして金儲けしようとしたのと狙いは全く同じである。そう考えると当改革が新たな資源管理において、何をしようとしているのかが、非常に明確になるのである。

以下、本誌の読者には漁業関係者以外の方が多いことを念頭に、できる限りわかりやすく具体例をあげながら説明していきたいが、中には「資源管理」に抱いている読者のイメージを根底から覆す内容もあるかもしれない。しかし、その資源管理に対する国民の思い込みをうまく利用しているのが、彼らの巧妙な戦術であり、それにだまされないようにしていただくことからまず始めたい。

1 人間に資源が管理できると言ったのは誰か
 テレビに「気象管理士」という肩書の人物が登場したら、皆さんはどう思うだろうか。「ふざけるな!」とテレビにモノを投げつけるかもしれない。しかし、その一方で「資源管理士」は堂々と存在する。その代表格ともいえる水産庁の資源管理推進室長を務めた私が、このようなことを言うのは不謹慎と思われようが、日々漁業の現場にいると「本当に人間に資源を管理できるのだろうか」という思いが強くなるばかりである。それを典型的に表した資源変動のグラフ(図1)があるのでご覧いただきたい。

図1 カリフォルニア湾の海底地層のマイワシ(上の図)、カタクチイワシ(下の図)のウロコの堆積状況から推定された紀元300年から2000年までの1700年間の資源量の変化

この水域で漁業が開始されたのは、長く見ても最後の200年間であろう。ということは、それ以前の1500年間は、漁業が存在しない初期資源の状態にあったことになる。にもかかわらず、その間においても資源は大変動し、特にマイワシにおいては度々絶滅寸前まで減少している。人間にできる究極の資源管理は「獲らない」ことであるが、1500年間禁漁を続けても絶滅寸前まで資源が何度も減少することを防止できなかったことを示している。つまり、資源は人間以外の何らかの力(これを「環境要因」という)で変動しており、人間がその環境要因をコントロールできない以上、資源は管理できない。また、その一方で資源はその絶滅寸前から何度も回復してきた力を持っていることもわかる。 

なお、マイワシは水産資源のなかでもその変動が最も大きい資源の一つであり、これは特異な例ではないかと思われる方には、以下の図2をご覧いただきたい。生態系上高位にある大西洋クロマグロの地中海における過去300年における資源変動を見ても、100年ごとの大変動と20年ごとの小変動を繰り返している。動力漁船もなかったころの人間による漁獲の影響は極めて限定的だったにもかかわらず。

図2 大西洋クロマグロ東資源の経年変動(Ravier and Fromentin 2001より)

上の二つの図から得られる二つの事実「資源は環境により変動する」「資源には自ら回復する力がある」を認めるか認めないか、この点が本論考において大きな意味を持ってくる。なぜなら、当改革ではこの二つの事実に反し「資源は環境ではなく漁獲により変動する。資源の減少はすべて人間による乱獲が原因」と決めつけ、過去何度も回復してきたのに「今のままでは資源は絶滅する」と社会に向かって誤った不安感を掻き立てているからである。そうして、多くの資源管理策のなかから、なにゆえか次の2で説明する特定の管理策のみを押し付けてくるのである。

まさにこれは霊感商法そのもののやりかたに近い。道を歩く風邪気味の人間を見つけ「ちょっとそこの方! あなたの病気は祖先が祟っているのが原因、治りたかったらこの霊験あらたかな壺を買え」と同じ。病気の原因を偽って治療効果のないものを売りつける、人の不幸に付け込む詐欺である。資源悪化の原因をすべて漁業者のせいにして、このままでは絶滅すると社会の不安をあおり、その対策と称する新たな資源管理システムという名の壺を売りつけ、最終的に資源をマネーゲーム化しようとするものである。

彼らがよく使う、国民の心をくすぐるだましの3段論法「資源は漁業者だけのものではない」⇒「国民共有の財産」⇒「だから金で売り買いできるようにして金持ちのものに」も3段目にどんでん返しがくる詐欺であり、甘い言葉にご注意を。

2 新たな資源管理システムにある政策(詐欺商品)の内容
以下は、水産庁のHPにある「水産政策の改革のポイント」のうち資源管理部分を抜粋したものである。

1 新たな資源管理システムの構築 (抜粋)
資源管理については、国際的にみて遜色のない科学的・効果的な評価方法及び管理方法とする。
〇 主要資源ごとの資源管理目標として、最大持続生産量(MSY)が得られる資源水準としての「目標管理基準」を設定。併せて、乱獲を防止するために資源管理を強化する水準として「限界管理基準」を設定
〇 毎年度の漁獲可能量(TAC)を設定。TAC対象魚種は、順次拡大し、早期に漁獲量ベースで8割に拡大
〇 個別割当(IQ)を、大臣許可漁業を始めとして準備が整ったものから順次導入

まず、冒頭の「国際的にみて遜色のない」という表現からして嘘である。日本人の外国コンプレックスを巧みに利用して、一般国民にあたかも日本の資源管理が劣っているかのごとく思わせる詐欺師的な誘導である。しかし、現実は逆であり日本漁業の特徴である利害関係者による自主的資源管理(漁協を中心にした漁業者による資源の共同管理)は、コモンズ(共有資源)の管理の第3の道として最も効果的であるとノーベル経済学賞を受賞した学者によって証明されており、それゆえに日本の自主的資源管理は世界からも高く評価されている。しかし当改革はこのことを全く評価せず、欠陥だらけの政策(詐欺商品)を強制するのである。その政策を大まかに区分すると
①最大持続生産量(MSY)理論に基づく資源管理を強化する。
②そのMSY理論に基づく漁獲可能量(TAC)による資源管理の対象種を漁獲量の8割に拡大する。
③そのTACをさらに個別割当(IQ)へと移行させる。
となるが、この3つの政策は、資源管理を装い資源を私物化し金儲けしようとするためのものであり、決して資源管理を推進しようとするものではないことを以下順に明らかにしていきたい。

(1)MSY理論の破綻
 「資源管理とは何をするものか?」を簡単に言えば、「どの程度の親を残せば翌年どの程度の子が加入してきて、毎年どのくらいの魚が漁獲できるかという親子関係を決めるもの」であり、その漁獲できる魚を持続的に最大にする親の量を維持又は回復することを目標として資源を管理するのが最大持続生産量(MSY)理論であり、親(産卵親魚量)と子(加入量)とMSYの関係の代表的なモデルの一つが図3である。

図3 再生産モデルと最大持続生産量(MSY)の関係(曲線は親と子の関係を表す。置換生産量とは親と子の関係がこの直線上にあると、資源は増加も減少もしないことを示す。)

ところが驚くべきことに、海洋法にも規定された資源管理の基本となってきたMSY理論に基づくこのモデルが、現実の資源変動にほとんど適応しない詐欺商品であったことが明らかになってきている。その一つの例として今問題となっている太平洋クロマグロの親子関係を図4で見てみよう。

図4 太平洋クロマグロの産卵親魚量と加入量の関係

これを見ると親が多くても子が少なかったり、またその逆があったりと、一般的な思い込みとはかけ離れ「親と子の相関関係は見られない」のが現実である。とすると、親の量が子の量を決めるというMSY理論を当てはめてもよいのであろうか。よいはずがない。にもかかわらず、太平洋クロマグロにMSY理論に基づく漁獲可能量(TAC)制度を導入したので、資源管理の大混乱が起こったのである。つまり、過去最低のレベルにある親からでも「環境要因」により子が3年連続で大量に加入してきて資源が急増しているのもかかわらず、「親と子の相関関係は見られない」という事実に目を背け「より多くの親を確保しなければ子が増えない」として、TACの増加を認めないのである。このため増加したクロマグロが勝手に入網するのを防ぎようのない定置網での大量漁獲が当然のことながら生じ、そのために他の漁業者が操業できなくなり、国などを相手に訴訟を起こすに至ったのである。

さらに、モデルと現実の資源変動について、多くの主要資源でそれを比較した外国の二人の研究者によれば、モデルに当てはまったのは128資源のうちたった3資源のみという報告と、224資源のうち36資源(18%)のみという報告がある。なぜなのか。それは上記1で説明したように資源変動には、漁獲要因よりも環境要因が圧倒的に大きく影響しているにもかかわらず、MSY理論は人間が親の数をコントロールする漁獲要因により資源を管理できるという虚構で成り立っているためである。

資源研究者から「MSY理論に固執している限り、資源管理に成功することは決してない」とまで言われていながら、なぜ当改革ではこの虚構の理論に基づく資源管理をさらに強化しようとするのか。それはこの虚構に基づかなければ、資源をマネーゲーム化できないからである。病気は祖先の祟りが原因としなければ壺が売りつけられないからである。

(2)漁獲可能量(TAC)規制による資源管理手法の致命的欠陥
 資源を管理する手段としての「漁獲量規制(TAC)」の致命的欠陥を、「漁獲努力量規制」と比較して指摘したい。例えば、資源量に対する漁獲量の比率(漁獲割合:間引き率)を現在の半分にしようとする場合どのようにすればよいのか。まず一つ目は、魚を獲る手段である漁船の隻数、漁具の数、操業期間などを半分にする「漁獲努力量を規制する方法」である。二つ目は、来年の予想資源量に対する漁獲割合を従来の半分にする「漁獲量を規制する方法」であり、資源管理の手法はこの二つに大きく区分される。

日本の漁業では国連海洋法の批准に伴いTAC制度が導入されるまでは、前者の「漁獲努力量規制」がほとんどであった。というのは以下の図5のようにその年ごとの加入量が「環境要因」により大きく変動するのが一般的であり、逆いえば翌年の資源量の予想が非常に難しいからである。

図5 太平洋クロマグロの加入量(0歳魚の資源尾数)

例えば、親の数が100として翌年に加入してくる子供の数が環境要因により100から1000の間で変動すると仮定する。来年の資源管理方針として、現在の漁獲割合50%を25%に半減しようとすると、仮に100加入してきたときには25、1000加入してきたときには250と、加入量(資源量)が変動しても漁獲割合を一定に保つことが必要となり「漁獲努力量規制」では図6の事例(資源量には約4倍の変動があるが、漁獲割合はほぼ40%で一定)のようにそれが可能である。なお、事例にあげたマアジ太平洋系群については1996年からTACの対象資源となったが、その前後においても漁獲割合に変化がないのは、TACの有無にかかわりなく日本漁業はしっかりとした資源管理ができることを表している。

図6 マアジ太平洋系群の資源量と漁獲割合

一方、「漁獲量(TAC)規制」では、来年は〇〇トンまでという数量をあらかじめ決めないとならないことから、やむなく当てずっぽうで平均あたりの「500」を加入量と決めつけ、TACをその25%の125にする。しかしその予想が当たる確率は低いので困ったことが起こる。100しか加入しないときでも、125まで漁獲してよいという「絶滅させてもよい」を認めることになる。その逆、予想の倍の1000加入してきても125しか漁獲を認めないので、資源の過少利用で無駄になる。

このように資源の加入変動が大きい浮き魚資源が主対象の日本漁業においては、加入が比較的安定した底魚資源が主体のEUで発展したTAC規制は、明らかに致命的な欠陥をもった管理手法なのである。このことを裏付けるように、日本がTAC制度を導入して20年経過したが、対象となった7魚種(最近追加されたクロマグロを除く)では資源が増加したのは2魚種だけで5魚種は減少している。

しかも増加した2魚種は、環境要因により1㎏の親から生まれる子供の数(これを「再生産成功率」という)が急増したのが要因であり、水産庁が言うように「TACで漁獲量を減らした」のが要因ではない。もし、「TACで漁獲量を減らしたから資源が増えたと」いうのが正しいのなら、以下の図7にあるように、極めて少ないTACを平成15年から平成23年にかけ8年間も継続したのに、マイワシの資源が増えなかったことの説明がつかない。また、なぜそれが急に増加し始めたのかの説明もつかない。

図7 マイワシのTAC、採捕量、ABCの推移

なぜ増えたのかは図8にある通り子供でも分かるが、環境要因により再生産成功率が、2005年(平成17年)、2008年(平成20年)、2010年(平成22年)において急激に増加したからである。このように子供にもすぐに見破られる嘘で、水産庁は法律を改正しようとしているのであるが、それに簡単に騙され法案の国会提出を認めた与党の議員の方々は子供以下なのであろうか。

図8 太平洋マイワシ 再生産成功率の推移

またTACの対象でない魚種の資源状況との比較においても、明確な差は得られていないこれらの事実から当改革でTAC対象資源を拡大する理由は全くない。にもかかわらずなぜそれを強行するのか。それは多くの資源をTACにすることで、次にいう強制的個別割当(IQ)への移行が可能となり、さらにその先にある資源のマネーゲーム化へとつなげるためである。

(3)個別割当(IQ)は、百害あって一利なし
個別割当(IQ)とは、日本漁業においては全く必要のない制度であり、漁業者がその制度の導入を必要としたことは一度もない。そもそもIQとは先獲り競争の防止という観点から、外国の一部で導入されているもの。例えば10隻の船があり、100トンのTACが設定されたとする。そうすると計算上は平均1隻10トンの漁獲量となるが、個人主義の外国では強欲むき出しで我先にと、他の漁船より1尾でも多く魚を獲ろうとして、1か月間の漁期があるのに、わずか1週間でそれを獲り尽くし、水揚げの集中による魚価低迷と、加工処理能力が追い付かないための鮮度劣化まで起こすという馬鹿げたことを行うのである。だからそれを防止するために1隻当たり10トンづつ個別に割り当てるのである。

しかし、日本の漁業は歴史的に自主的集団管理体制のもとにあることから、例えば、まず漁期中のおおよその出漁日数を定め、その日の天候状況を見て出漁日を最終決定し、さらにその日における出港時間と入港時間を定めるなどによる集団操業で、漁船間の無駄な競争を防止しTACが最も効率的に利用されるように調整しており、外国のようなバカな漁業者は日本にはいないのである。その証拠に、事実誤認だらけの規制改革推進会議の議論においてすら、これまでIQが必要とされるような先獲り競争下にある具体的な漁業実態が指摘されたことが一度もないのである。

にもかかわらず、なぜ当改革で行政が過去の実績から機械的に分割したIQを強制をしようとするのか。それこそ、IQに私的所有権を設定し市場において取引の対象にする「譲渡性個別割当(ITQ)制度」というマネーゲームへ移行させるための前段階として絶対不可欠の制度であるから

実は、IQには必然的にITQに移行せざるを得ない側面を抱えている。行政が強制する過去の平均値IQでは、その年々の資源や漁海況の変動、あるいは濃密魚群のいる漁場への当たりはずれなどにより漁船間での消化率が異なる結果,IQの過不足が生じてしまう。よって、漁船間での頻繁なIQの付け替え作業が必要となるが、それを非効率な行政を通じて行ってはたびたび操業中断に追い込まれ、漁業経営に深刻な影響が生じてしまう。よって、よりスムーズに過不足調整が可能となるIQの取引市場が必要となってくるのである。

当改革ではあえて表に出していないが、その最終目的がIQの取引を可能とするITQであることはTAC魚種の拡大とそれに対する強制IQ適用がセットで打ち出されたことから明白である。実際にアメリカで起きたことであるが、「キャッチ・シェア」と称するITQが導入されたことで、金が漁村からウオール街に流出し、漁業者がITQ保有者である働かざる金持ちの小作人となり貧困化したという。ITQとは、資源管理に名を借りた金儲けの道具であり、その先駆けがTAC拡大とIQの強制なのである。

おわりに
ここまでの話を聞いて、資源が環境要因で変動するなら「資源管理など必要ない」と思われるかもしれないが、決してそうではない。長年の経験則から生み出された「浜の資源管理」では、どこの地域でもまず第1点目に必ず掲げるスローガンは「海の環境保全」である。漁業者は自然さえ大切にしておけば資源は必ず復活することを知っている。そこに打撃を与え資源を減少させたのが、戦後の経済成長に伴う「魚のゆりかご」の浅海域の埋め立てであり、工場排水などによる汚染である。なお、「浜の資源管理」のスローガンの2番目は「稚魚の保護」であるが、これはTAC制度では対応できず、漁網の目合い規制や小型魚の再放流などの漁獲努力量手法によらなければできない。

今、困った正反対の現象が各地の海で起こっている。汚水処理場の整備が進み、海がきれいになり過ぎて冬場の栄養塩不足で養殖ノリが十分育たない一方で、夏場には過去に堆積したヘドロが原因の貧酸素水塊が年々拡大し、底層にすむ魚介類に致命的な影響を与えているのである。その例として資源管理の優良事例であった東京湾のシャコや伊勢湾のイカナゴが、過去の周期的変動とは異なり、急に継続して全く獲れなくなったのもそれが原因と指摘する研究者もいる。

資源管理の最大の敵は、昔も今も「海の環境破壊」である。その原因者はだれか。それこそが、当改革を押し付けてきた財界そのものなのである。これにはなにか深慮遠謀があるとしか考えられない。例えば、福島第一原子力発電所の事故による「放射能汚染水」を海に放出するために、企業が漁業者から資源を取り上げ小作人化することで、それに反対する権利を奪うことも可能になってくる。金儲けのためだけでなく、海の一層の汚染をも引き起こしかねない企業による海の私物化を促進する当改革に対し、漁業者は国民と共にそれを阻止していかねばならないと思う。

 

 

 

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