安倍長期政権とは一体なんだったのか(後編)

4 安倍政権下における改悪漁業法の位置づけ

 

(1)改悪漁業法は安倍政権にとって「空(くう)」の極み

 漁業改革は農業改革のつけたしです。安倍政権が「瑞穂の国」というキャッチコピーを掲げながら、農協潰しを始めたのは、TPPの推進に農協が反対したことが安倍総理の「業(ごう)」に火をつけ敵とみなすようになり、それに対する報復として規制改革を利用したことが始まりです。漁業はすでに関税の自由化が進み、反対するほどの政治力もなかったので、ほとんど安倍総理に興味はなかったかと。政策に関心の薄い安倍政権においてもさらに関心の薄い、まさに「空(くう)」の極みのような分野が漁業だったと思います。

 

 ところがこれを見ていた農水省事務次官OBの高木勇樹氏が、目立ちたがり屋なのでしょうか「企業様、漁業にもこんな甘い汁がありますよ」と経済界に持ち込み、財界のいいなりの規制改革のテーマにしたのです。今回の漁業改革の必要性など、漁業者はもちろん与党政治家からも(たった2名の規制改革の御用議員を除き)誰もそんな声を上げた人はいません。

 

マグロ養殖に関心のあった企業もすでに多くは、参入を済ませており、それほど必要性があったわけではありません。私は目の前で、大手企業傘下の養殖業をつぶさに見てきており、正直「周辺漁業者を敵に回すようなことをされると困る」というのが現場を預かる責任者の本音でした。

 

これに関心があったのは、一連の規制改革で利益相反丸出しの甘い汁を吸ったパソナ会長竹中平蔵氏のような一部の利権集団だけでした。「業(ごう)」の集団といってもよいでしょう。以前であれば、一部の連中が「何か言っているなー」程度の受け止め方で、だれからも相手にされないものでした。ところが、そのごく一部の意見がアレヨアレヨ、マサカマサカのうちに国策として現実化したのです。主権在民の民主主義の下でそんなことができるとは恐ろしいことです。なぜそんなことができたのでしょうか。

 

それは、前編で言ったようにボトムアップ政治からトップダウン政治への転換がはかられ、官邸(総理府)が自ら具体的な政策案を立案できる組織となったからです。内閣府に設置された規制改革推進会議において、漁業の知識もないド素人民間委員が、当事者の漁業者にも政治家にも全く相談することなく、好き勝手に政策を作れるような「官邸1強体制」に移行したからです。

 

水産基本法において、国の水産に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るための「水産基本計画」を定めるにあたり、国は水産政策審議会に意見を聞かなければならないことになっています。しかし、改正漁業法に関しては全く蚊帳の外に置かれました。ある委員はなぜ国の水産基本的政策にかかる法案が審議会の意見を一切聞かず、提出されるのかと憤慨していたそうです。

 

そもそも国の審議会制度とは、「国民各層の利益を代表する事業者・生活者団体委員と、実務・学識経験者などのいわゆる公益委員により組織されることが多く、議会制民主主義を補完する国民参加機関として、当該行政に関する重要な政策方針を策定したり、特定の処分を下す際に意見の答申を行う」とされています。これからわかるように「官邸1強体制」とは議会制民主主義を弱体化するための制度であり、また、漁業法の改正は、一部の利益のためのものですから「国民参加機関」などに口を挟まれては困るのです。

 

さらに、以前であれば漁業者が支援している地元選出議員が与党水産部会の場で、漁業者の意に反する法案提出にストップをかけたのですが、これも前編で言ったように小選挙区制への移行により官邸の政策に異議を唱えない与党議員を生み出したため、漁業者の意見を政治に反映することができなくなったのです。

 

これらの経緯を見ても今回の漁業法改正は、完全に「規制改革の、規制改革による規制改革のための法律改正」ですので、全く意見を聞かれなかった利害当事者である漁業関係者は、民主主義制度の手続きを完全に欠落したこの改悪漁業法に従う義務は法的にも道義的にも全くないのです。

 

(2)国会軽視と順法精神欠如から生まれた改悪漁業法

 

上記(1)に掲げた理由により、漁業法改正案の国会審議は単なる通過儀式と化し、しかも膨大な改正事項を内容とする法案の全容が明らかにされたのは審議直前でした。おそらく与野党議員のいずれも、改正点とその理由を理解する余裕もなく、短時間において国会を通過させてしまったとおもいます。なぜなら、暇な私自身でも国会通過後に相当な時間をかけて、かつ漁業法改正に反対の仲間の知恵も借りて、初めて改正案の細部に仕込まれた変更箇所を把握できたのですから。

 

戦後において何度か行われた漁業法の改正における国会審議が十分な時間をかけ、問題点などがあれば継続審議として、次回国会で再度審議するなどの丁寧な手続きをとつたことと比較すると、あまりにもひどいやり方です。このように安倍政権下では、物言わぬ与党議員が絶対多数を占めたことから、国会審議軽視の傾向が強くなりました。

 

その典型が「種子法廃止法案」だったと思います。事前の説明が十分でなく、議員がほとんどその意味が分からないまま国会でスピード可決し、後で大騒動になったものです。改正漁業法も全く同じです。今もって政治家と同様に全国の漁業者もほとんど理解していません。本年12月1日に施行されるとのことですが、具体化されてから「そういうことだったのか」と大騒動になることは明白です。

 

さらに問題は中身です。改正漁業法には明らかに法律違反ではないかと思われる内容が含まれています。よくもまー、こんなものを法の番人である内閣法制局が認めたものだと思います。私の知っているあの時の法制局は、提出法案の内容が、憲法や他の法律との間で整合性がとれているかどうか厳格にチェックしていました。しかし、憲法だろうが、法律だろうが時の内閣の解釈次第で、どうにでも変更できるとする憲法・法律をも超越した長期政権下では、あの法制局は死んでしまったようです。今回の改正漁業法は、昔の法制局では決して認められなかったでしょう。私が気が付いた法律違反と思われる3点を以下に掲げます。

 

①国連海洋法違反

改正漁業法では、TACの決定において、旧TAC法にあった「漁業の経営その他の事情を勘案して定めるものとする」という規定を削除しました。これは国連海洋法第61条の「TACを決定するにあたり、経済上の関連要因(沿岸漁業社会の経済上のニーズ)を勘案」に違反するものです。

 

その目的は、安倍総理の2013年2月の国会施政方針演説の「企業活動を妨げる障害を解消したい」に従い、企業参入の障害となる沿岸零細漁業への配慮規定を削除したものと思われます。しかし、国際法は国内法に優先しますので、それを削除したのは明らかに違法です。

 

②地方自治法違反

 改正漁業法第66条において、「国は海区漁場計画を変更すべき旨の指示をすることができる。」という規定を追加しました。これは企業参入に反対する地方に対し、強引にそれを国が認めさせようとするための規定です。しかし、漁業権管理業務は自治事務であり、地方自治法においては、国が自治事務に「指示」するのは、地方が法律に明確に違反し、公益性を著しく棄損するような行為を行った場合に限定されています。

 

しかし、改正漁業法第66条第1号では「我が国の漁業生産力の発展を図るため」というあいまいな規定に基づき地元の意向を無視し、実質上オトモダチ企業に漁業権を与えよとする国の指示を可能としています。これは完全に地方自治法違法です。

 

③立法事実のない法律は違法

改正漁業法の最大の狙いといえる漁業権の優先順位を廃止した理由を「上位の者が申請し免許が更新されない恐れがあると、経営の安定につながらない」としていますが、それを証明する立法事実が、区画漁業権において皆無だったことが国会審議で明らかになりました。観念的にそのようなことが考えられるでは法律改正ができないのです。なぜかというと、最高裁判所が「法律を作るための根拠としては確実な根拠に基づいたものが必要」「適切な法律を策定していくためには立法プロセスにおいて立法事実を明確にしなければならない」との判断を示しており、これに明らかに違反しているからです。

 

以上からまとめると、戦後のそれ以前の漁業法の改正では考えられなかったような、短時間の国会審議の中で、明らかに法律違反の恐れが高い法律が、やすやすと成立してしまったのです。オトモダチ企業のためなら違法などお構いなしの、安倍政権ならではの漁業改革だったわけです。安倍政権なかりせば、漁業法の改悪もなかったということです。

 

(3)官邸の私物と化した農林水産省(水産庁)の役人

 

 憲法第15条第2項には「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。」と規定されています。しかし、今回の漁業法改正を外から見ていると水産庁の役人は、規制改革推進会議というごく一部の利益集団への奉仕者と化してしましました。完全に憲法違反です。

 

それを可能としたのは、「官邸1強体制」の確立、特に「内閣人事局」の設置によるものでしょう。政策立案機能を取り上げられ、人事まで好き勝手にできる官邸を相手にして関係省庁の役人は、黙々とそれに従うしかありません。しかし、これでは官邸が安倍政権のような場合には、国民はたまりません。不祥事を隠ぺいするために違法なことや明らかに間違ったことについてまでも、公務員は従う義務はないと思います。第一次安倍政権のときに、集団的自衛権の行使を可能にする憲法解釈の変更を求められた法制局長官はこれに抵抗し、幹部の集団辞任も示唆し、ストップをかけたといわれています。

 

公務員は法律で保護されており、いくら上司の命令だとしても「私にはそれはできません」といえば、左遷されても解雇されることはありません。私は何度か上司の命令に従わず、ポストから外されたことがあります。また、ある時にはその仕事を続けたいがために、室長から課長補佐に自ら降格を直接人事院に申し出たこともありますが、認められませんでした。なぜかというと自主的な降格も不利益処分であるために、人事院の規則に基づくもの以外はできないことになっていたからです。今の政権下でも、悪いことをしない限り解雇されません。でも悪いことをしないと偉くなれません。

 

 私も水産庁のOBですから、後輩を批判したくないのですが、いくら規制改革がこうしろと命令したからといっても、それを実際に法律にしたのは役人です。役人の協力なくして漁業法の改悪は実現しませんでした。そこでどうしてもこれに加担した代表的役人に登場してもらう必要があります。それは、私が中編で言った「官邸が中央省庁の幹部に任命するのは、政策遂行能力ではなく官邸からの違法な指示にも逆らえない何かを隠し持っている者か、貪欲な出世欲から人事権を掌握した官邸に進んで媚びへつらう者を選んでいる」の後者に該当する者です。

 

 その役人ついては、ネットにあった現代ビジネス編集部の記事(「官邸人事」によって混乱に陥った農水省の知られざる悲劇 2019年2月28日)に実名入りで詳細に書かれています。大変参考になるので、関連する部分を長くなりますが以下に引用させていただきます。下線は私が引きました。

「官邸人事」によって混乱に陥った農水省の知られざる悲劇

霞が関ディープスロート 現代ビジネス編集部 2019年2月28日

 

農林水産省がいま、混乱に陥っている。農業協同組合(JA)制度の改革やコメの減反廃止などを官邸主導で推し進め、「豪腕」として鳴らした奥原正明前次官の人事政策の傷跡によるものだ。

奥原氏は自らの出身部局に優秀な人材を集める一方、次官候補とされる優秀な人材を退官させるなど、徹底的に対抗勢力を排除した。次官の座は現在の末松広行氏に譲ったが、顧問として「院政」を敷く形で影響力を保持し続けている。

 

「豪腕改革派」のもたらす弊害

 

奥原氏は東京大学法学部を卒業後、1979年に農水省に入り、水産庁漁政部長、農林水産技術会議事務局長、消費・安全局長を歴任し、2011年8月に経営局長に就任した。

第二次安倍政権下では、安倍晋三首相が「岩盤規制」と位置づけた農協の改革を約70年ぶりに推し進めた。自民党農林族の抵抗に遭いながらも、JAグループを束ねる全国農業協同組合中央会(JA全中)の地域農協への指導・監査権の廃止による権限弱体化などを進めた。

その後、同期入省の本川一善氏が2015年に次官に就任したため、霞ヶ関の慣例に従い、奥原氏は退官すると思われた。

しかし、菅義偉官房長官による異例の人事で、本川氏は就任から1年も経たないうちに退官し、奥原氏が16年に次官に就任した

奥原氏はさらにコメの減反廃止などの農協改革を推し進めた上、漁業資源管理の強化や養殖業への民間参入を促す漁業改革にも着手。昨年末には約70年ぶりの改正に向けた法案の成立を実現している。

この経歴をみると、奥原氏が「豪腕改革派官僚」であることは明らかだが、省内の敵対勢力の排除にも大なたを振るった。

奥原氏は次官就任から2年目を迎えた17年夏の幹部人事で、次官候補とされていた4人(肩書きは当時)を冷遇した。エースと目された今城健晴消費・安全局長、今井敏林野庁長官、佐藤一雄水産庁長官を退官に追い込み、筆頭局長ポストの官房長の任にあった荒川隆氏を農村振興局長に格下げしたのである(荒川氏は昨年夏に退官)。

 

本当に「改革」が必要なのか?

 

一方、奥原氏は自ら「天領」と呼ぶ経営局出身者の「イエスマン」を抜擢した。自らの腹心を、経営局長(大沢誠氏)と水産庁次長(山口英彰氏)につけたのだ。

経営局長は自身の跡継ぎということだが、水産庁次長への人事には、漁業改革に対する思惑もあった。水産庁長官に、技官としては史上二人目の長谷成人氏を就任させるという異例の人事を行ったことが補助線となる。

「要するに、矢面に技官を立たせて、実権は手下に与えるという構図です。長谷長官は国会での漁業改革法案について、野党から『漁業現場に説明が行き届いていないのでは』という質問を受けて『キリがない』と答弁し叩かれていましたが、こういう不用意な答弁は、事務官ならあり得ない。実際に我々水産族への根回しは山口氏が中心でした」(水産族の自民議員)

漁業改革のプランそのものも、奥原氏が任期を異例の3年に伸ばしたい思惑から出た、との観測までなされている。

水産業はJA全中のような中核組織を持たない。金融など信用事業の規模も、JAグループが誇る、日本の国家予算の1年分にも相当する100兆円規模に比べれば格段に小さい。

近年、漁業信用組合では統廃合の動きも進む。別の自民議員からは「改革が必要との陳情は漁協からも企業からも出ていなかった。奥原氏が主導する規制改革推進会議のためのごまかしの議論だ。農協改革の例を見て、官邸にアピールしたかったのだろう」と、当初から改革の必要性を疑問視する声が多かった

実際、示された改革法案は全国の漁協から強い反発が予想されたためか、既存業者の権利を事実上継続的に認めると明記するなど、譲歩をうかがわせるものとなった。

奥原氏は官邸に続投を嘆願したが拒否され、昨年7月末で退官し、農水省の顧問に就任した。当時の人事を決定した斎藤健前農水相が「農林漁業の改革の一定の区切りが付いた」と判断してのことだった。

 

奥原氏の「隠然たる影響力」

 

異例の「長期政権」の夢は叶えられなかった奥原氏だが、顧問としては漁業改革法案の策定に隠然たる影響力を持ち続けた。

農水省OBは「農水省の3階には顧問室がありますが、そこに現役の幹部が足を運び、色々とお伺いを立てています。次官室や秘書課には奥原氏の腹心や息のかかった部下がまだ大勢おり、不用意な発言や動きがあればすぐに奥原氏に届くようになっていています

(以下略)

 

丁寧に取材して書かれた記事だと思いました。

上の記事について若干のコメントをしておきたいと思います。

 

私は、奥原氏と直接仕事で接したことはありませんが、当時から「改革」という名のスタンドプレーが好きな人物という受け止め方をしていました。それで彼には個人的に前から文句を言いたいことがあります。彼が秘書課長の時だったでしょうか、農水省の地下の食堂業者が固定化していたところ、競争入札制度を導入したのです。それ以降、新規業者が参入して来ましたが、どこにでもある社員食堂の月並みなメニューで、味も一気にまずくなりました。今も時々農水省の地下食堂に行くたびに「昔あった農林食堂やサカシタ食堂が懐かしい。あの野郎のスタンドプレーで職員にまずい飯食わせやがって」と毎回思います。すでに彼の規制改革は失敗に終わっています。

 

上の記事の中で奥原氏を「豪腕改革派官僚であることは明らかだ」としていますが、私はそうは思いません。もしそうであれば、同期の中で一番初めに事務次官になったはずです。どう見ても上の記事からすれば「官邸の権威を笠に着る者」で、わかりやすく言えば「虎の威を借る狐」でしょう。農業改革の政策の中身を見ても、他分野でさんざん使い古され全く成果が上がっていない規制改革の物まね焼き直しで、なんの斬新性もありません。

 

また政策執行において虎の威を借りるのはまだしも、省内の人事にまで虎の威を借りたのは許せません。それでは、国のために奉仕する役人ではなく、自分に奉仕する役人を登用したことになります。役人として完全に失格です。これでは安倍総理と同じく政策よりも自分の地位を優先する「空と業」の組み合わせです。

 

どうしても言っておかねばならないことがあります。上の記事にありますが「矢面に技官を立たせて、実権は手下に与えるという構図」に関し、私は長谷氏が長官になったときに長官室に行って「絶対汚れ仕事に利用されるだけ。漁業者を敵に回す改革をやらされるなら、辞職するか、それが認められない場合は8階から飛び降りろ」と言ってきました。

 

技官は次長どまりで長官になれない慣行があったものの、技官には技官としての絶対譲れない良心というか、政策の中身は俺たちが仕切ているのだというプライドがありました。結局長谷氏も政策より出世を優先したということで、安倍総理と同じく「空と業」の組み合わせとなったわけです。

 

以上3回に分けてだらだらと随分長いブログとなり失礼しました。しかし、長かった安倍政権も近く終焉を迎えるでしょう。おそらく、そのあとも変わり映えのしない総理による自民党政権が続く可能性が大だと思います。なぜなら、野党も含めこれまでの新自由主義的経済改革に代わる新しい経済政策の在り方について、国民に提示できる新たなビジョンを打ち出せていないからだとおもいます。

 

安倍政権が長期政権となったその根本的要因は、まさにここにあると思います。政治家はもちろん国民自身も今後の社会・経済の展望を見いだせていないからではないでしょうか。その展望とはこれまでのように、明治維新以来の外国のもの真似で見いだせるとは思われません。むしろこの新型コロナと度重なる自然災害という今まで経験したことのない大きな禍(わざわい)に国民がさらされる中で、人間にとって何が一番大切なのかを他人に頼らず、自分自身で考え抜いて答えを見つけていく中で、新たな社会・経済の在り方が生まれてくるような気がします。

 

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