棄却となったクロマグロ訴訟の判決文の不思議さ

残念ながら、令和2年11月27日に札幌地方裁判所(1審)で言い渡されたクロマグロ訴訟の判決文では「棄却」となり「負け」ました。「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」という名言がありますが、この世には「不思議な負け」もあるものだとつくづく思いました。

本来、一般人にとっての裁判とは、原告(A)と被告(B)との相互の主張を照らし合わせ、どちらの主張が法律に基づき正しいのか、あるいは間違っているのかを、裁判官(C)が判断し、結論を出すものと理解しています。よって、CがBの主張が正しいと判断するならば、その判決文では一方のAの主張のどこに誤りがあるのかも、同時に具体的に争点ごとに説明しなければならないと思います

 

しかしながら、今回の判決は「Bのいうことが正しい、Aの主張は失当」というだけであり、Aの主張に具体的に踏み込み、その一つ一つにおいてどこがどういう理由から間違っており、失当なのかについて説明していません。Aの主張の是非の判断を下すCとしての公平中立的の立場からの判断がどこにも見えてこないのです。

 

このような判決文でよければ私のような素人でも、逆に「Aが正しくBの主張は失当、その理由はAの主張通り」とさらさらと1日で書くことができるでしょう。しかしこれでは、Bが「自分の主張のどこが間違っているのかが、示されていない」と反発し、Bを納得させることができる判決文とは到底ならないでしょう。Bから「佐藤さん、あなたは裁判官なのに、いつからAの弁護士になったのか、裁判官失格!」と言われて終わりでしょう。

 

今回の判決文にはAとBが出てきますが、C(裁判官)がBと100%融合し、客観的立場にあるべき本来のCが不在の不思議な判決としか私には見えません。判決に期待するものは単に勝ち負けではなく、「なるほどそういうことなら仕方がない」と第3者をも納得させる客観的な道理をその判決の中で明らかにする責任も裁判官は負っていると思います。それが全く見当たらない「100%Bのいう通り」とBの主張を単純に書き写しただけの不思議な判決です。

 

しかも原告が最も訴えたかった「定置網漁業が大量漁獲した責任を、ルールを守っていた遠く離れた別の地域の沿岸漁船漁業の自分たちがなぜ負わねばならないのか。しかもその内容は6年間のTACゼロ。こんなひどい話が許されるのか!」については、判決文では不思議なことになんら具体的な判断を示していないのです。

 

この世には「不思議な負け」もあるのです。

 

それでは判決文から、特に私がそう思うごく一部分を抜粋します。

 

1 条約の規定は日本に具体的義務付けをしたものかどうかの判断

 

 判決文では被告の主張のまま「条約の規定は包括的・抽象的なものにとどまり、実際に採るべき措置の内容・程度等について具体的に義務付けたというものは見当たらない」と裁判官は認定しています。しかし、その根拠は示されていません。

 

この判断はこの条約に特定した解釈なのか、それとも我が国が締結した他の類似する漁業に関する条約とも共通する解釈なのかが明らかにされていません。例えば、同じマグロ類の国際条約における締約国の義務を定めた部分の規定では、

「ミナミマグロの保存のための条約」第 5 条

1  各締約国は、この条約の実施及び第 8 条7の規定により拘束力を有することとなる措置の遵守を確保するため、すべての必要な行動をとる。

 

「大西洋のマグロ類の保存のための国際条約」第9条

1 締約国は、この条約の実施を確保するために必要な措置を執ることに同意する。各締約国は、2年ごとにまたは委員会が要求する時期に、この目的のために自国が執った措置についての報告を委員会に送付するものとする。

 

というように極めて抽象的な規定のみですが、国はこの水域で操業する日本漁船に対し、行政指導ではなく、漁業法に基づく強制既定の伴った措置により締約国の義務を果たすべく管理しています。

 

一方、WCPFC条約にある締約国の管理措置の義務の方が、以下のようにはるかに具体的に規定されています。

〇WCPFC条約第24条(旗国の義務)

1 委員会の構成国は、次のことを確保するために必要な措置をとる

(a)自国を旗国とする漁船がこの条約の規定及びこの条約に基づいて採択される保存管理措置を遵守すること並びに当該漁船が当該保存管理措置の実効性を損なう活動に従事しないこと

〇「WCPFC条約」第25条(遵守及び取締り)

4 委員会の構成国は、自国を旗国とする漁船がこの条約の規定又は委員会が採択する保存管理措置に対する重大な違反を行ったことが自国の法律によって確定した場合には、その漁船が当該違反について自国によって課されたすべての制裁に従うまでの間、条約区域において、漁獲活動を停止し、かつ、漁獲活動に従事しないことを確保する。

 

〇平成26年WCPFC決定で平成27年以降のクロマグロの具体的な漁獲数量が設定された。

にもかかわらず、強制既定によらない行政指導により対応し、構成国としての義務を3年間も果たさなかったのです。

3つの条約とその規制措置を比較すると裁判官のいうことは全く現実にあっていないように感じます。

 

そこで、裁判官にお聞きしたい、

 

原告は、上記のWCPFC条約の規定と平成26年の決定等を根拠に、明確に国に具体的義務があったと主張しています。おそらく、上の記述を百人が見ても皆さんそう思うでしょう。それでも裁判官が「具体的に義務付けたというものは見当たらない」と判断したのならその具体的な根拠を教えてほしいのです。被告がそうが言うからでは理由になりません。

 

例えば、どういう文言が書き加えられていたとすれば具体的に義務付けたというのか。日本が締結しているほかの国際条約で同様の規定ぶりがあって「義務付けられていない」と認定し、国際約束の漁獲量の順守義務を果たさなかった事例があるのでしょうか。当然裁判官は判決を出すにあたり、この程度のことは最低限考慮したはずであるから説明できるでしょう。

 

さらに、裁判官は、「くろまぐろにつき強制力を持った数量管理を直ちに実施することに困難な事情があったこと」を理由に、国が第3管理期間までの3年間もTAC法による規制の対象としなかったことについて、「著しく不合理であったとまではいうことができない」としていますが、ではそのような国内事情を理由に条約上の義務を3年間も履行しなかったことが、条約のどの条項に基づき容認されたのか、全く明らかにしていません

 

なにゆえ、条約で認められていないことを行っても「著しく不合理であったとまではいうことができない」と判断されたのか、その具体的根拠を教えてほしいものです。このように国際法違反を堂々と裁判官が容認するような判決文を出して、日本の国際的立場を毀損することをどう考えているのか裁判官にお聞きしたいと思います。

 

私も現役の時に、ソ連(当時)やアメリカとの2か国間交渉やベーリング公海に関する多国間交渉にかかる交渉やその規定に従った取り締まり業務に従事してきました。さらに国連海洋法条約の批准に合わせて、それを担保する締約国としての義務である国内法の整備などの法律の制定にも関わってきました。そういう行政経験からして、今回の裁判官の「条約の規定は包括的・抽象的なものにとどまり、実際に採るべき措置の内容・程度等について具体的に義務付けていない」すなわち「守っても、守らなくてもよい」と司法が認定した条約などは極めて異例です。

 

これまで国会で政府が条約の批准にあたり、この条約上の義務は行政指導という法的根拠を必要としない方法で担保できますと説明をしたのを一度も聞いたことがありません。条約批准の国会承認に際し、条約の解釈を明確にして、かつ条約上の義務を担保するための法的整備を一体として審議してもらうのが外国との交渉をまかされている行政府の義務です。そこをあいまいにしたこの判決はその国際法の原則にも反しています

 

このようなことでは、他の締約国が同様の解釈で強制措置を講じず、漁獲量を守らなくても日本は抗議できないことになりますが、そんないい加減な国際条約を締結しようとする国は、そもそもいないでしょう。この判決を聞いた他の締約国は「国際条約の無視を日本の司法は容認したとして、今後日本と約束交わしても、それが守られる保証はない」と思うでしょう。

 

この争点は本訴訟の判断を左右する最も重要な核心的部分にもかかわらず、国際法順守の精神に欠ける行政府に、司法がお墨付きを与えたとんでもなく不思議な判決と思います。

 

2 超過漁獲量の翌年以降からの控除がTAC法上違反かどうかの判断

 

裁判官は、判決において被告の主張をそのまま受け入れTAC法において適法と判断しました。

 

その理由はいつくか挙げられていますが、その一つだけを取り上げます。判決文では、

都道府県ごとの漁獲可能量の超過を次の管理期間における漁獲可能量において考慮しないとすれば、都道府県間の公平や現在の漁業者と将来の漁業者との間の公平を害するのみならず、漁獲可能量の超過を是正することが困難となり、かえって基本計画の履行の実効性を損なうというべきである。これは農林水産大臣の合理的裁量に基づく、漁獲可能量の設定として、TAC法上も想定されているものと解される。

としています。

 

正直驚きました。

私自身が現役の時に水産庁の資源管理推進室長としてTAC法の運用を担当しましたが、そんな解釈も実行も一度もしたことがありません。従来のTAC法の運用を根底から覆すこの裁判官のTAC法の解釈はどこから出てきたのかぜひ詳しくお聞きしたいところです。

 

まず、不公平感についてですが、この感情は否定しません。漁獲割り当て制度とはTAC法制定から始まったのではなく、それ以前から漁業法に基づいても長年行われてきました。しかし、そのような超過漁獲に関する不公平感が漁業者の間で生まれることは一度もありませんでした。

 

なぜでしょうか。それは超過漁獲が起こらないような強制既定の伴う法的措置の下にあったためです。裁判官の認識のスタートのここが根本的に間違っているのです。すなわち1で述べたように、国際条約で決定された漁獲量については、強制既定の下で取り締まりが行われるという前提があってその順守が可能であるのです。

 

よって、これまでの漁業法及びTAC法における漁獲割り当てについては、超過漁獲に対する罰則の伴う取り締まりが行われていたため、一部には違反者が生じることがあっても、不公平感を生むような大量の超過漁獲が発生する状況をそもそも想定していませんでした。現にクロマグロがTAC法で正式に管理されるようになって以降、漁獲量超過は生じていないことからもわかります。

 

裁判官の判断の不思議なところは、今回の不公平感を生じさせた超過漁獲の原因が、TAC法に基づかない単なる行政指導による漁獲管理が行われたことにあることに、全く言及していないことです。その原因についてなんら言及せず、その単なる結果だけを見て、感情的に「不公平である」としている点は、一般人ならいざ知らず、法律の専門家の裁判官の判断としては不思議でしかたありません。

 

なお、超過漁獲量の翌年以降からの控除について「農林水産大臣の合理的裁量に基づく、漁獲可能量の設定として、TAC法上も想定されている」という裁判官の解釈はもちろん初耳です。ぜひその判断の根拠となったTAC法制定時の国会審議や内閣法制局に残る法案提出時の想定問答から明らかにしてほしいと思います。少なくとも私がTAC業務に従事した行政経験からでは、そのようなことがTAC法上想定されていたという事実はありません

 

3 判決全体に関し思うこと

 

 その他の主要な争点であった「条約等にもとづく零細漁業者に対するTAC配分における優先配慮」についても判決では、「包括的・抽象的不当をいうものにすぎない」として裁判官は認めませんでした。ほかにも多くの点で不思議な判決内容が多く見られますが、根本的にこの判決を下した裁判官には、国際法を誠実に順守するという精神が欠けているのではないかと思わざるを得ません。

 

 この訴訟が生じたときの安倍政権は、憲法や法律を勝手な解釈でいとも簡単に変更させることで多くの問題を生じさせました。ゆえに、今回の訴訟で司法に期待したものは、勝手な国際法の解釈で義務を果たさなかった行政府によって、6年間もTACをゼロにされた沿岸漁業者の訴えに対し、法律に基づく正しい判断を求めることだったのですが、その点でまことに残念な判決でした。

 

このような裁判官であれば、いかなる国際条約違反も「条約の規定は包括的・抽象的なものにとどまる」と「著しく不合理であったとまではいうことができない」のたった二つのフレーズですべて正当化できてしまうような気がしました。

 

原告らは到底このような判決を受け入れることはできないと思います。

私も今後とも、とことん応援していく覚悟です。

 

 

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