次期政権の農林水産大臣は日本共産党から(その2)

(立憲民主党と日本共産党の保守と革新の壁は乗り越えられる)

野党による連合政権の中核は立憲民主党と日本共産党になるのは間違いないと思います。よって、どうしても気になるのがこの両党間で政策の一致がどこまでできるのか、その点が一番の問題です。そこで、大まかなところでの政策の違いを両党の綱領(マニュフェスト)などを比較し、私なりの解釈で整理したいと思います。

 

元共産党員で参議院議員だった政治評論家の筆坂秀世氏が「共闘は無理?相容れるはずがない共産党と立民・枝野氏の根本思想(2021/6/1(火) 10:01配信JBpress)」で、『枝野ビジョン 支え合う日本』(文春新書 2021/5/20)において枝野氏が、

 

「自分は保守であり、リベラルである」という立場であり、「保守」思想の土台になっているのは、「人間は誰もが不完全なものだ」という謙虚な人間観。理想の社会を絶対視して社会の欠陥を許容せず、急激な革新や進歩を目指す考え方は、「保守」の立場からは否定される。

 

としていることから、「理想社会を絶対視して目指す思想」である日本共産党との選挙共闘の難しさが横たわっていると指摘しています。

 

しかし、日本共産党の綱領(2020年1月に開かれた第28回党大会で採択)では、「理想社会を絶対視して目指す思想」と受け止められていることを意識してか、以下のように基本的な政策は維持するとしても、野党連合政権への参加においてはかなり現実的な対応をしていくと書いています。

4 民主主義革命と民主連合政府

当面のさしせまった任務にもとづく共同と団結は、世界観や歴史観、宗教的信条の違いをこえて、推進されなければならない。(綱領P38)

 

統一戦線の発展の過程では、民主的改革の内容の主要点のすべてではないが、いくつかの目標では一致し、その一致点にもとづく統一戦線の条件が生まれるという場合も起こりうる。党は、その場合でも、その共同が国民の利益にこたえ、現在の反動支配を打破してゆくのに役立つかぎり、さしあたって一致できる目標の範囲で統一戦線を形成し、統一戦線の政府をつくるために力をつくす。(綱領P39)

 

5 社会主義・共産主義の社会をめざして

さまざまな思想・信条の自由、反対政党を含む政治活動の自由は厳格に保障される。「社会主義」の名のもとに、特定の政党に「指導」政党としての特権を与えたり、特定の世界観を「国定の哲学」と意義づけたりすることは、日本における社会主義の道とは無縁であり、きびしくしりぞけられる。(綱領P44)

 

さらに、「野党連合政権にのぞむ 日本共産党の基本的立場―政治的相違点にどう対応するか 2020年3月26日 幹部会委員長 志位和夫」においては、

日本共産党は、さまざまな点で、他の野党とは異なる独自の政治的・政策的立場をもっています。わが党は、党としては、それらの独自の主張を大いに行っていきますが、それを野党連合政権に持ち込んだり、押し付けたりすることはしません。

 

社会変革の方法も、選挙で国民の多数の支持を得て平和的に社会変革を行うという立場を一貫して堅持します。「暴力革命」「一党独裁」などという攻撃は、まったく根拠のないデマ攻撃にすぎません。

としています。

 

私は、この枝野氏のいう共産党は「保守」ではないという考え方を知って、急に思い出すことがありました。それはもう6年も前になりますが、このブログ「器病(うつわのやまい)から脱皮せよ(後編)2015年6月5日」です。。

 

そこで言わんとしたことは、そもそもの「保守」「革新」という概念が生まれた歴史的な経緯を踏まえて、現在の日本の各政党の政策をもとに判断すると、「日本共産党こそが、日本における唯一の保守政党か!?」という真逆の結論にも達し得るという考え方です。

 

そいう結論に達するきっかけは、「文明の敵・民主主義―危機の政治哲学―」(西部邁著 2011年11月 時事通信社)p226~231の記述でした。そこでは

西欧の保守は、共同体という名の社会的有機体をできるだけ保全しようとし、個人や集団の理性はつねに不完全で誤謬を含んでいることに重大な関心を払い、社会の制度改革については漸進的態度で臨む。そうした形での政治を「不完全性の政治」と呼ぶこともある。一方、アメリカの保守は、契約体として社会を設計すること、人間の合理性に強い信頼をおくこと、制度改革における急進主義を歓迎する。これは、西欧の保守にあっては、むしろ「革新主義」として警戒される種類の政治。なぜかというと、革新主義は人間理性の完成可能性を信じているから。

とあります。枝野氏の主張する「保守思想の土台になっているのは、人間は誰もが不完全なものだという謙虚な人間観」は、明らかに「西欧の保守」を志向しています。とすれば、アメリカ発の新自由主義という理想(イデオロギー)に染まった規制改革を、官邸一強の下に強引に推し進め、誰もそれに異議を唱えず黙々とそれに従う議員ばかりの自民党の方が典型的な「革新」政党です。では自民党と一般的には革新政党と言われる共産党が連合政権を組んだ方がうまくいくのでしょうか。こんなバカな話はありませんよね。

 

つまり、今後の日本の政治路線のあり方を議論するにおいて、保守・革新という区分はあまり意味がないのです。あくまで政策の中身です。よって、立憲民主党と日本共産党が連立を組めるかどうかは、保守・革新という概念からすれば支障にならないということだと思います。

 

では、どうして私が「日本共産党こそが、日本における唯一の保守政党か!?」という結論に達したのか、長くなりますが当時のブログからその部分を以下に再掲します。

(そういえば思い当たることが)

西部邁氏の本から、戦後の日本の政治を担ってきた自民党を「革新保守」とする解釈があるのを知り、これまでの「左翼・右翼」を「革新・保守」と同意とみるのは必ずしも適切ではないと思いました。

 

そういう観点から見ると、身近なことで思い当たることがあります。(中略)

 

水産特区にかかる宮城県議会での出来事では、最終段階まで漁業者サイドに立ち、水産特区に反対したのは日本共産党だったと聞きます。漁業者に理解を示していた一部の保守系の議員も、最終的には「漁協は漁業権を独占するな」「民間企業に漁業権を開放せよ」という、規制改革会議の意向を踏まえた革新的な知事やマスコミの大合唱の前に屈したのでした。

 

保守が革新にくみし、共産党が革新に立ち向かう

 

とはいったいどういうことでしょうか。

 

まさか、日本共産党とは実は保守なのかと、今回はじめて日本共産党綱領を読みました。そこには、「○○と闘うぞ」「○○を守るぞ」という言葉が出てきますが、「○○を破壊するぞ」「○○を撤廃するぞ」という言葉は意外に出てきません。上に掲げた小泉内閣の閣議決定の「成長を邪魔する奴は排除するぞ」「規制・慣行・制度を根本改革するぞ」「創造的破壊するぞ」「競争激化させるぞ」「負けた奴は自己責任だ」の方が、よほど既存の社会秩序を破壊するにおいて左翼的で革新といえましょう。

 

民主党は、国家間の垣根を取り払いヒト、モノ、カネの移動を自由化する大きな器であるTPP参加を、公約にもないのに突然打ち出した政党。維新の党も、中身をどうするかは後回しで、先に大阪府と大阪市を統合するなど器から入る典型的な政党。という消去法でいくと、とんでもない結論に・・・

 

日本共産党こそが、日本における唯一の保守政党か!?

 

将来「日本左翼保守党」や「日本右翼革新党」など器(党名)と中身(政策)が一見ちぐはぐであるが、実はただしいという政党が出現するかもしれません。もー頭がクラクラしてきたのでこの辺でやめます。

 

いよいよ日本共産党が参加した野党連合政権が次期総選挙で生まれるかどうかの現実味が近づいてきた今において、この6年前のブログが頭の整理に役立ってきたとすれば喜ばしいことです。革新政党の自民党政権による新(改悪)漁業法、福島原発汚染水の海洋放出の強行を何が何でも阻止するためには、保守政党である「日本共産党」に頑張ってもらうしかありませんから。

 

次回は、共産党の政権参加においてのハードコアである、天皇制、自衛隊などの問題と、立憲民主党の最大の支持団体であり特に共産党に対してアレルギーの強い日本労働組合総連合会(連合)の主張について考えていきたいと思います。

 

 

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