野党連合は分裂回避のため毛沢東の「矛盾論」に学ぶべき

10月10日付のネットに以下のニュースがありました。

国民・玉木代表「立憲との合流はもうない」 共産との閣外協力で

 毎日新聞 2021/10/10 10:31

 

国民民主党の玉木雄一郎代表は10日のフジテレビの番組で、立憲民主党との合流について「立憲民主党が今のままであれば合流はもうない」と否定した。立憲が共産党と、政権交代時の限定的な閣外協力で合意したことを理由に挙げた

 立憲、国民両党を支持する連合の芳野友子会長は就任後、立憲・共産の合意を批判する一方、立憲と国民の合流に期待感を示していた。玉木氏は「連合が(合流)してほしいということだが、我々は独自に衆院選をしっかり戦いたい」と強調した。

なんとか、全野党が束になって次期総選挙で自民党に立ち向かって欲しかったのですが、残念ながら、国民民主党は共産党と組むくらいなら、自民党の勝利に貢献する方がまだましの道を選択したようです。支持団体の連合が立憲・共産の閣外協力合意を批判する一方で、立憲が共産と離れ国民民主党と合流するという可能性もない中では、「あちらを立てればこちらが立たぬ」という矛盾の中で「独自に戦う」という、私から見れば最悪の自滅への道を選択するしかなかったのでしょう。

 

それにしても、国民民主党の政党支持率(NHK令和3年9月)は、0.2%で玉木代表のマスコミへの露出度と比較すると信じられないほど低いものです。社民党0.6%の1/3、れいわ新選組0.4%の1/2しかないのも驚きですが、なんとあのNHK党0.2%と同じです。支持団体の連合は一体何をしているのでしょうか。口では国民民主党を支持しても実際の組合員は支持していないのではないでしょうか。ネットのニュース(日刊ゲンダイデジタル2021.10.13)では連合を

与党補完勢力、自民党の別動隊。

・コロナ禍で収入減に直面する非正規労働者の組織化に向け、「連合に入りたいと思われる運動をしていかなければならない」とも語っていたが、本気でそう思うのであれば、今のように非正規労働者を大量に生み出す状況を招いた政府・与党の政策転換を訴える立憲、共産の共闘は欠かせないはず。

・野党の結束力を高めたいこの時期になぜ、芳野会長は「敵」を利するような発言をし、さらに野党共闘に「楔」を打つようなマネをするのか。

・全労働組合員数のうち、自動車や電機などの大企業を多く抱える「連合」が約7割に上る。もはや「連合」は長時間労働や低賃金に苦しむ中小企業の代弁者とは言い難い。

・組合員からも『組合費ばかり高くて頼りにならない組織』とボヤキの声ばかり漏れている。

連合は、さんざんに言われていますね。

10月14日のニュースでは、全トヨタ労連の支援を受けて愛知11区で6回連続当選している古本伸一郎氏が、自民党に遠慮して次期総選挙に出馬しないということですから、大企業の正社員の労働組合の利益を代弁するのが連合の目的であれば、正々堂々と自民党を支持した方がよいのではないでしょうか。おそらく総選挙の結果で与野党が拮抗した場合、間違いなく国民民主党は自民党の補完勢力となると思います。正直に言って申し訳ありませんが、「もう総選挙前に自民党に吸収された方がよいのでは」とも思います。

 

このような国民民主党の苦渋に満ちた自滅型選択を見て、なにゆえか、昔読んだ毛沢東の「矛盾論」を久しぶりに思い出しました。突然ですが横道に入ります。

 

ここで質問です。「歴史上で一番人を殺した(餓死を含む)人物」は誰でしょうか?それは2位のスターリン、3位のヒトラーを抑え堂々の1位の毛沢東です。犠牲者は7000万人ともいわれています。しかもそのほとんどが自国民。にもかかわらず、国のシンボルともいえる紫禁城の入り口の天安門には、その肖像画がデカデカと掲げられています。この感覚は理解できませんが、驚くことに、日本に大きな犠牲者を出した原爆投下の憎きアメリカを実質的な宗主国と崇める日本人の感覚を外国人が不思議がるのと同じだ、と皮肉った意見もありました。

 

確かにアメリカは、260年間一度も対外戦争を行わなかった天下泰平の江戸時代の平和な日本を、黒船で恫喝し開国させ、その後対外侵略戦争に明け暮れる帝国主義国に引きずり込みました。結局はそのアメリカとの戦いで軍人・民間人を含めて300万人が犠牲となり、国土も灰燼と化し、日本は崩壊の瀬戸際まで追い込まれました。建国以来の蒙古襲来以上に日本に対し一番悪いことをした国、それこそがアメリカと断言できます。この世にアメリカさえいなければ、日本は本当に平和な国でいられたのにと思うことさえあります。そのアメリカを守護神のごとく崇める日本人が、毛沢東を崇める中国人のことをとやかく言えるかという意見は、情けないけど説得力がありますね。

 

とは言っても、外から見れば毛沢東という大殺戮者を国民に崇(あが)めさせるような中国共産党による独裁国家とのお付き合いは、ご遠慮させていただきますが普通の考えでしょう。しかし、その恐ろしい国を、なんと世界第2位の経済大国に押し上げ、強大な軍事覇権国家にした連中がいるのです。とんでもない奴らです。その名はあくなき利潤を求め続けなければ生きていけない資本主義の申し子?グローバリスト。その特性は安い人件費と巨大な市場を提供してくれるところなら、新疆ウイグル自治区での弾圧(ジェノサイド)なども無視し、地獄の底まで出かけていく精鋭部隊です。資本主義の欠陥としては、これまで、「貧困拡大」「環境悪化」などと言われていましたが、資本主義には道徳観や倫理観が根本的に欠落していることから、グローバル化の時代となり「虐殺容認」と「軍事対立悪化」も加わったといえるでしょう。

 

今「SDGs」がもてはやされ、「わが社もそれを実行していますよ」と、やったふり「SDGsウォッシュ問題」が指摘されていますが、まだ、ないよりはましです。そこで、貿易問題においても「国際貿易の倫理・道徳規範」を国連で採択する必要があると思います。日本からの中国への進出企業が「日本人貧困化」に加え、「虐殺容認」「軍事対立悪化(自分の首を絞める縄をせっせと作っている)」にも加担していることを自覚させるべきでしょう。そうなれば、日本の労働者を捨て置き、資本・技術・ノウハウを持ち出し、そのうえその製品を日本に逆輸入し、日本人労働者のために日本に残った企業までも痛めつけた「国賊」達が、人間として許されない悪いことに加担していることに気づき日本に戻ってくるかもしれません。「倫理・道徳・人権無きところに貿易無し」を次の「SDGs」にするべきでしょう。

 

話を毛沢東の「矛盾論」に戻します。

 

毛沢東は中国国内でも「功績第一、誤り第二」と言われるようにその評価は毀誉褒貶です。「功績」は中国を一本にまとめ上げた時までで、中華人民共和国成立後の「大躍進」や「文化大革命」で彼がやったことは単なる個人的な権力欲のみによる「誤り」の極みだとおもいます。

 

しかし、一方で思想家という面からすると私個人として評価している面もあります。それが、毛沢東の著作「矛盾論(1937年)」です。これはちょうど第2次国共合作が成立した年に当たります。第一次国共合作破綻後に10年間続いた国共内戦にもかかわらず、共産党が国民党と国民政府の指導権を認め、その指揮権に服従することを表明し、一方の国民党も一致団結して国家目前の困難解決の意向を明らかにして、抗日民族統一戦線を暗に容認したとされています。

 

私はこのブログで何度も自民党に対抗した野党連合を国共合作に例えましたが、まさに苦渋に満ちたであろうその決断が、どのような考え方のもとに成り立ったのか、それが「矛盾論」に表れているように受け止められました。特に、重要と思われる「主要矛盾」に関する部分を以下に抜粋します。

(矛盾論 四 主要な矛盾と矛盾の主要な側面)

どのような過程にも、もし多くの矛盾が存在しているとすれば、その中の一つはかならず主要なものであって、指導的な、決定的な作用をおこし、その他は、副次的、従属的地位におかれる。したがって、どのような過程を研究するにも、それが二つ以上の矛盾の存在する複雑な過程であるならば、全力をあげてその主要な矛層を見いださなければならない。その主要な矛盾をつかめば、すべての問題はたやすく解決できる

私は、以前これを読んだとき、これは「あちらを立てればこちらが立たぬ」という中で、なにが解決すべき最優先課題(矛盾)かをとらえ、一つの道を選択する、それを常にわきまえよという風に解釈しました。今の私にとっての主要矛盾とは「自民党政権の継続」であり、それを打破するためには、日本共産党が連合政権に持ち込まないとする天皇制や安全保障における政策への懸念(矛盾)は副次的な位置にあるということです。

 

今回は立憲民主党と日本共産党の間では主要矛盾においての意見の一致が見られたので「立共合作」が実現しました。しかし、国民民主党は、主要な矛盾と副次的、従属的な矛盾を峻別できなかったゆえに、野党連合にも参加せず、自民党とも合流しないという、中途半端な「独自に戦う」路線を選択するしかなかったという解釈です。

 

この「主要矛盾」をものすごくわかりやすく説明しているのが、黒澤明監督の「7人の侍」にある以下の名セリフだと思います。

万造「じいさま。おら、心配でなあ」

儀作「ん?」

万造「百姓のアマっ子は侍に目がねえし、侍にアマっ子取られたら、村はおさまらねえし」

儀作「野伏せり来るだぞ!首が飛ぶつうのに、ヒゲの心配してどうするだ!

これは野武士による村の襲撃(主要矛盾)を阻止するために、7人の侍を雇うという方針に、侍が美しい自分の娘の志乃をはじめとする女たちに手を出すこと(副次的矛盾)を心配する万造に対し、村の長老の儀作が一喝するシーンです。「首が飛ぶというときに、ヒゲの心配をしてどうする」、これこそ毛沢東の「主要矛盾」を一言で表しています。「自民党の悪政がこれ以上続くつうのに、持ち込まないという共産党の政策の心配をしてどうするだ!」です。そこにおいて首よりもヒゲを大事にしたのが国民民主党というわけです。

「7人の侍」が出てきたのでどうしてももう一つの名セリフを紹介したくなりました。それは野武士から村を守るために、3軒の離れ家を見捨てざるを得ない場面です。当然3軒に住んでいる村人が反発し、隊列から離脱しようとしました。そのとき勘兵衛役の志村崇が、バッと刀を抜いて、村人の前に立ちはだかりいった以下のセリフです。

離れ家は3つ。部落の家は20だ。三軒のために20軒を危うくできん。また、この部落を踏みにじられて離れ家の生きる道はない。他人を守ってこそ自分も守れる。おのれのことばかり考えるやつはおのれをも滅ぼすやつだ。いいか戦いとはそういうものだ

これは20軒を危うくするという主要矛盾と、3軒を見捨てざるを得ないという副次的矛盾との関係ではないかと思いますが、見捨てられる3軒においてはたまったものではありません。しかし、勘兵衛の「他人を守ってこそ自分も守れる」の言葉を受け入れた見捨てられた家の主人が、野武士に放火され燃え盛る自分の家を見て泣き叫ぶ家族に向かって「なくなー」というシーンには涙が出ます。

私は今、野党が一本化すれば勝てそうな小選挙区で共産党が候補者を取り下げ、立憲民主党からの候補者を応援する側に回っているのを見ると、本当に頭が下がります。共産党にもその選挙区で熱心に政治活動をしてきた候補者がいるはずです。それでも政権交代のためにそのような決断をされていることに対して畏敬の念を抱かざるを得ません。

さらに「矛盾論」には以下のような記述があります。

矛盾の主要な側面と主要でない側面とは、たがいに転化しあうし、事物の性質もそれにつれて変化する。矛盾の発展する一定の過程、あるいは一定の段階では、主要な側面がAの側にあり、主要でない側面がBの側にある。ところが、別の発展段階あるいは別の発展過程に移ると、その位置は入れ替わる。これは、事物の発展の中で矛盾の両側面の闘争している力の増減する度合いによって決定される。

これも私なりの解釈を申しますと、9月8日に立憲民主党、日本共産党、社会民主党、れいわ新選組の野党4党が「衆議院総選挙における野党共通政策の提言」に合意しましたが、これも事態の進捗に伴い主要矛盾が変化してくるということです。このことについては、すでにこのブログ「次期政権の農林水産大臣は日本共産党から(その3)」の最後の部分で触れましたが、

・最優先課題は「自民党政権の打倒」です。それには共産党も参加した「野党統一候補の実現」が不可欠です。

・この野党連合政権には持ち込まないという共産党の天皇制や安全保障政策を心配しすぎては、自民党政権を倒せません。

・野党連合政権が順調にいき、その次の総選挙を迎えるときにはリスクが高まります。当然ながら、共産党は本来の政策に近づこうとしてきます。その時には共産党とはお別れとなり、天皇制や自衛隊を真正面に据えた議論で選挙を競い合います。

というように整理しました。

 

このような「獲らぬ狸の皮算用」よりも、問題は例えば以下のような総選挙までの間での新たな矛盾への対応です。

山本代表、東京8区の出馬撤回 れいわ、共闘の立民に配慮

共同通信社 2021/10/11 21:08

 

れいわ新選組の山本太郎代表は11日午後、横浜市内で街頭演説し、次期衆院選で東京8区からの出馬を撤回すると表明した。既に出馬を予定していた立憲民主党の立候補予定者や支援者への配慮を理由に挙げ「私が降りて混乱を収束させ、野党共闘していきたい」と強調した。

 山本氏は演説で、どの小選挙区から出馬するかは明言しなかった。東京8区での出馬は立民側からの打診だったとした上で「双方で合意していたが、(立民側の)支持者に説明されていなかった」と釈明。「約束とは違うが、降りることで混乱のけじめを取る」と説明した。

 

正直に言って、私は世襲議員や有名人議員に期待していません。一般の人間においては高い壁を、高下駄をはかせてもらって楽して議員になれたのですから。その点でこれら議員が一人もいない日本共産党の所属議員は、本当にたたき上げのプロの政治家として高く評価しています。しかし、山本太郎氏については芸能界出身ですが、これはひょっとすると非常に政治家としての能力があるように思えます。

 

この報道が真実とすれば、立憲民主党内での優柔不断さがこのトラブルを起こした原因ではないかと思いますが、そこをぐっと我慢し主要矛盾と副次的矛盾をはき違えなかった賢明な判断だったと、山本氏に敬意を表したいと思います。ぜひどこかの選挙区で野党統一候補として出馬して旋風を巻き起こしてほしいと願います。

 

いよいよ総選挙です。私も過去多くの選挙を見てきましたが、今回ほど政権交代を強く望む選挙はありません。日本漁業を何とか守りたいそれだけです。

 

 

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