やはり元凶は輸入水産物だったのか(前編)

  • 何かが変わり始めた

カキむきがきっかけで手の炎症がひどくなって以来現場を離れ、この1年間オカでもっぱら漁連と二つの漁協のお手伝いをしてきました。そろそろこれらの団体の平成26年度決算がまとまってきたのですが、どうしたことか、いずれも非常に良いのです。まだ組合員に公表していないので詳細は申し上げられませんが、鳥羽磯部漁協では好条件が重なったこともあり、過去はじめてという好決算になっています。

その要因は何か。この3つの団体に共通するのは、漁もそこそこ良かったのですが、やはり「魚価」が大きく貢献したと思います。なぜ魚価が良かったのか? 三重県において個別にみると、養殖マダイのように悪い魚もある一方、ノリやカキなど明らかに他産地の不作が影響し価格が良かったのもあります。しかし、全体として良かったその要因が今一つわかりませんでした。そういう時に、水産経済新聞で報道される他の団体の平成26年度の取扱高や水揚金額も良いのを見て、これは何かが変わり始めたのではないかと思いました。

  • ほかの団体も良いようですね

細かく調べたわけではありません。たまたま目に入ったものですが、北海道漁連の26年度決算見込みは、

・総取扱高では、速報値では3307億円と2年連続で3000億円の大台。              

・3月末現在の最終的な数字は集計中だが、さらに50億円ほど上積みされる見通し。         

・26年度計画(2954億円)、前年度実績(3060億円)を大幅に上回ることが濃厚。          

・販売事業では特にホタテが伸びをけん引。 

(水産経済新聞:平成27年4月9日)

とのことであり、取扱高は対前年比で10%も増加しています。

また、これも北海道ですが、北海道機船連がまとめた平成26年(1-12月)の道内沖底については、

漁獲量(速報値)は16万1600トンと、前年からさらに18.5%減少し史上最少となった。

・主力のスケソウが減少し、ホッケも半減、宗谷のオオナゴも落ち込んだ。             

・ただ、スケソウスリ身の堅調相場や、ホッケの加工需要増加を背景に、平均単価が前年比50%高のキロ106円と大きく上昇。     

金額ベースでは171億2600万円と、前年から22.2%増加。              

(水産経済新聞:平成27年4月15日)

となっています。

平均単価が前年比50%高とはすごいですね。一体どうなちゃったのでしょうか。

 

  • もっとも関心をひかれたのは

一連の新聞報道の中でも、特に注目したのは、全国各地の魚だけでなく輸入水産物も集まる東京・築地市場の各卸売会社の平成26年度の取扱高に関する以下の記事でした。

・25年度と同じく、大幅な魚価高(5.6%高)を背景に、取扱金額4704億500万円(2.0%増)と、2年連続で伸びた。 

・ただ、為替環境の変化などで日本の調達力が弱まったほか、西日本の漁獲が振るわなかったことで集荷に苦戦し、数量は3.4%減の54万34トンにとどまった。

 (平成27年4月3日水産経済新聞) 

 

ここでも、魚価が5.6%と上昇しています。

そこで、築地の魚価2年連続上昇の要因について、事情通の方のご意見を聞いてみましたところ、以下の3つが考えられるとのことでした。

・冷凍魚全般の調達難(円安、他国の強い買い=買負け)による魚価高

・国産天然魚の減少(悪天候・漁場の遠さ)に伴う浜高と国産養殖魚の高騰による影響

・関西以西産地への人気高(関西以西の産地人気は、確実に放射能問題に依拠)

 

なるほど、いくつかの要因が影響しており、簡単に魚価が上がった原因は「これだ!」というものではないようです。

  • どうも理解できない点がある

しかし、魚価が上がった「要因はいろいろあります」では、どうも気が落ち着きません。そこで、流通・魚価問題に疎い私ではありますが、この2年間に起こった最大の変化は、なんといっても円安であり、おおよそ80円/ドルから120年/ドルまで3割もじりじりと下落してきたことが、平成26年の魚価上昇の主因ではないかという観点から、いろいろ検証してみたいと思います。

まず、誰もが考えそうなことは、上記の事情通の意見にもありますが、

「輸入水産物の価格が上がり、輸入量が減り国内水産物への需要が高まり魚価が上がった」

でしょう。さらに、これに加え魚価上昇要因として考えられるのは、円安で水産物輸出が増えその分国内への供給量が減った、平成26年の国内生産量が不漁等で減少した、です。

そこで、それらの統計を見ると以下の通りです。

1 平成26年(1-12月)の水産物の輸入・輸出の状況

  • 輸入:金額1兆6542億円(対前年増減率4.7%増)、数量2.543千トン(対前年増減率2.2%増)
  • 輸出:金額2337億円(対前年増減率4%増)、数量(生鮮・冷蔵・冷凍・塩蔵・乾燥)421千トン(対前年増減率17%減)

2 平成26年(1-12月)の国内漁業・養殖生産数量の状況(速報)

  478万9,000トン(前年とほぼ同数)

どうもつじつまが合いません。まず供給量全体を前年比でみると、輸入数量は増、輸出数量は減少、国内生産は同じで、減っている様子がありません。

次に、円安の進捗度が大きい割には輸入水産物の単価上昇率を計算すると(104.7%÷102.2%)2.4%程度にとどまっていることに加え、特に円安で買いにくくなっているはずなのに、輸入数量も増えています。魚種の構成のような定性的分析をしないとわからない気がします。さらにいえば、平成26年4月からは消費税が上がり、消費全体が冷え込んだはずです。なぜ魚価が上がったのか、理解ができない点ばかりです。

 

  • 需要の側面から考えてみた

いろいろ考えてみましたが、どうも供給数量からは魚価の上昇はうまく説明できない気がしました。そこで、逆に需要の側面から以下のように推論してみました。

・需要者は必要な量の魚の確保することが最も重要である。                      

・1年間の供給量と価格が事前に見通せるわけではないので、円安が続く中では、多少高くても早めに必要量を確保しておいた方が良いとの思惑が働く。                     

・その日々の思いの積み重ねが、結果として供給量は減少していないのに魚価が上昇したという現象になって現れた。

当たっているかどうかわかりませんが、一応説明はできるような気がします。統計数値とは、日々の供給と需要の関係で決定される価格の単純な平均であり、それから何かを読み取ろうとすることに無理があるのかもしれません。例えばマイナス10とプラス10しか出ないサイコロを振った結果を合計して、このサイコロはゼロの目が最も出やすいという判断をするようなものかも。

「2割2倍の経験則」(2割の供給変動が2倍の価格変動を起こす)も、需要面から考えると説明がつくのかもしれません。たとえば、どうしても一定量の魚を確保しなければならない仲買人の立場からすると、逆に必要量さえ確保すれば、それ以上の水揚げがあったとしてもそれに入札する動機は低くなります。

小さい市場でしたが熊野漁協での経験からすると、仲買人はまず朝来ると、市場の黒板に書かれた沖の漁船から連絡のあったその日の水揚げ予想量をチェックします。たとえば、定置網に大量の魚が入った日には、仲買人はそれを念頭に入札します。朝8時開始の一番セリに間に合った魚には、なんとか価格がついても、2番セリ、3番セリと時間が遅くなるにつれ、仲買人が極端に減ってきて、価格も大幅に低下します。多くの仲買人は、決められた時間までに、それぞれのお得意様に魚を届けなければならないから遅くまでいません。

よって、遅いセリまで残る仲買人は、価格が安ければ量が多くとも引き取ってくれる特別の需要者を抱えた業者に限られてきます。最後は十分食用に向く魚も、餌向けの価格まで下落します。

このように、結果として全体で2割量が多かった1年といっても、日々の水揚げが均等に2割多いのではなく、大量の水揚げがあり価格の急落があった日が散在するのが実態でしょう。一旦価格が下がるとまだ豊漁が続くと思うからでしょうか、その回復には時間がかかります。このようなことを繰り返していると、結果として価格が半分になるということもあり得るでしょう。

一方、2割少ないときには、この逆の現象が起こるのではないでしょうか。水揚げが均等に2割少ないのではなく、極端な不漁の日が続くこともあると、日々一定量の魚を確保したい仲買人は、どうしても高い価格で入札することになり、結果として価格が2倍になる。

TAC対象魚種は、そうならないというかもしれませんが、TACは水揚げ量を保証するものではありません。また、水揚げする市場も1か所ではなく、漁場形成との間で市場の間でも時々の水揚げ量に偏りがあるので、総漁獲量に上限があるとしてもそううまく行かないでしょう。現にサンマ漁でも結果としての水揚げ量は同じでも、漁期初めに大漁が続くとそのシーズンは魚価が軟調になり、逆に不漁が続くと堅調になると聞いたことがあります。

以上から見て、今回の魚価高は需要サイドの思惑が影響しているという可能性が高いような気がします。近年輸入水産物が減ってきたとはいえ、金額面で見ると国内需要の半分を占めています。そこに、買い付け価格が3割も上昇するような為替変動が起これば、どうしても国内水産物にも影響すると思います。このまま為替レートが120円程度で安定すれば、平成27年は若干の揺り戻しがあるでしょうが、いずれにせよ輸入水産物の動向が国内漁業に与える影響は大きいことを再認識した次第です。

PS:じつは、この原稿を事情通の方に事前に見ていただきましたところ、以下のような大変貴重なコメントをいただきました。これによると、平成26年の輸入に対する私の解釈が当たっていない部分があることがわかりましたが、あえてそれを比較できるようにするために、原稿の修正をしておりません。その判断は読者の方にお任せします。コメントを寄せていただいた方に感謝申し上げます。なお、以下の赤字は私が勝手につけたものです。

(事情通の方からのコメント)

26年の総輸入量は、2%増だが、25年は前年比10%近くの減で、いわば、下げ止まった感のあるレベルでの話。

②さらに、2%増の主要因は、魚粉ミールの輸入量20%増。これを除くと輸入量は、227万トン(前年比2万トン減)で実質マイナスになった。

③実際に可食される魚は確実に減っているとみられる。

ちなみに某大手会社の昨年度決算では、総輸入数量は、前年比10%減の24万7710トンだが、総輸入額は、2%増の2015億円。平均単価(あまり意味がない)は、前年比14%増の118円だった。まさに、数量が減って、魚価が上がった

④(後編の)輸入水産物が魚価安の最大要因という考えについても同感。また、魚価上昇の要因として消費税のアップに際し、それまでの内税を含めた総額をベースに8%の外税化をしたところも多く、これまで果たせなかった単価アップにこぎつけたことも一因。これについては、デフレ下の売り場要請で値上げできなかった多くの納入者がこの方法で値上げにこぎつけたようである。

  • 為替変動でひどい目にあったことが

以下のグラフは円の対ドルレートの変遷です。

 

ドル円相場長期チャート:1971年以降

為替レート

 

円高が急激に進んだのはなんといっても1985年のプラザ合意の時でしょう。260円/ドルが一気に120円/ドルまで2倍以上あがったのですから。これには私もひどい目にあいました。というのは、ちょうどプラザ合意(1985年9月22日合意)に先立つ、その年の5月末にモスクワに赴任しましたが、赴任準備などに充てるため出国前に円で借金をしていたからです。

その借金は外務省から外貨で支払われる給与・手当で返済することにしていました。給与は国内の支給基準に準拠しますので、為替レートで換算されてよかったのですが、それよりも金額の多い現地手当は現地の生活に応じた外貨(スエーデン・クローネ)基準のままでした。よって、振り込まれる外貨で円建ての借金返済をしようとすると、なんと借金がその為替の変化により倍近く増えることになったのです。しまった!米ドルで借金し直ちに日本円に替えて使っておけば、逆に借金が減ったのにと、悔やんでも後の祭りでした。為替の変動とは本当に怖いものだと実感させられました。

ところで、なんでモスクワに赴任しているのにスエーデン・クローネで給与が振り込まれるのかと不思議に思われた方がいるかもしれません。それは、ソ連時代のルーブルは、子供の「ままごと」で使うお金のようなもので、実際に買えるものがほとんどなかったからです。(ソ連がもう存在しないことをいいことに、「ルーブルは子供銀行券と同じだった」と本当のことを言うなと、まだ怒る人がいるかもしれませんが・・・)

  • ノルウエー・サーモンに出会ったのはそのころ

私が赴任した年の3月にゴルバチョフが書記長に就任し、その後アメリカとの融和が進みますが、当時はまだ東西陣営が厳しく対立していました。そのため、外交関係の書類はスエーデンの首都ストックホルムにある日本大使館経由で受け取り又は発送し、その間はモスクワの大使館の職員が肌身離さず携行し秘密の保持をしていました。これは、生活環境の厳しいモスクワに住む外交官の買い物と息抜きを兼ねた出張のようなもので、家族の同行も認められていました。その時初めてモスクワのルイノック(市場)と違うこぎれいなストックホルムの市場で、1メートル以上もあろうかというフィーレ状の大西洋サケに出会いました。すでに天然の大西洋サケは資源が危機的状況(他人には資源管理を偉そうに言うわりには、自分に甘い)にあったので、おそらくノルウエーの養殖の走りのものだったと思います。

価格は高いものでしたが、はじめて食べた時の感想は「これはうまい、マグロのトロに匹敵するかも」でした。生もいいですが、特に軽くスモークしたものに、ディール(モスクワでそう呼ばれている香草で、ほうき草のような形をしている)がちりばめられたものを薄くスライスして食べると、まさに絶品でした。聞いたところ、当時の日本には帝国ホテルに送っているだけとのことでしたが、これは将来日本漁業にとって脅威になると思いました。その通りになりましたが。

今や世界で220万トンにも達した養殖サケの基本技術は、日本の放流事業におけるシロザケの海中飼育がもとになっていると聞いたことがあります。私が水産庁に入庁後、初めて担当したのが都道府県の水産試験場への研究費補助事業でしたが、岩手県などで懸命にその技術開発に取り組んでおり、その後の回帰率の向上に大いに役立ちました。その技術が応用されたとすれば、随分世界に貢献したと思う反面、それが日本に輸出されて日本漁業を苦しめることになり「えらいことをしでかしてしまった」とも思います。

(あれからもう30年)

赴任した1985年の8月12日は、日航機が御巣鷹山に墜落し多くの人命が失われた日です。私は、遠い地にいながら偶然にもその情報をいち早く知ることができました。ちょうどその時にレニングラード(現在のサンクトペテルブルグ)で開催されていた国際漁業博覧会の視察で出張しており、当地の総領事館に運輸省(当時)から赴任してきた副領事の方から、「今東京から連絡があったばかりだが、大変な事故が起こった」と聞かされたためです。今でもこのニュースが流れると、あの時のレニングラードの記憶がよみがえります。早いものでもう30年です。

 

以下後編に続く・・・

 

氷山物語(海鳥番外編)

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飛行機の話の流れで、また今週(5月11ー16日)は愛鳥週間でもあり、今回は鳥の写真です。南極海の夏はオキアミが湧くためか、多くの海鳥がいました。鳥は氷山のようにおとなしくしていないので、写真を撮るのに苦労しましたが、だんだん上達して面白くなりました。この写真は「ワタリアホウドリ」(船の上では、「南オオアホウドリ」と呼ばれていた)で、後で調べると「体長120cm、翼開長300cmに達する世界最大級の海鳥として知られる。最大で翼開長363cmの個体の記録があり、これは翼開長としては鳥類最大のものである(ウィキペディア)」とのことで、大きな鳥だなーと思いましたが、そんな貴重な鳥とは知りませんでした。南極海にはめったに船がいないため、鳥にとって珍しいのかよく寄ってきました。しばらく観察していると、船の後をついてきて時々水面に降下していたので、スクリューが作る航跡の白い波を「ナブラ」と勘違いしていたのかもしれません。日本に帰ってきてわかったのですが、日本の海鳥は賢いですね。監視船など見向きもせず漁船ばかりに群がっていました。動物の学習能力はすごい。

1 comment for “やはり元凶は輸入水産物だったのか(前編)

  1. SamはSamurai
    2015年10月26日 at 5:06 PM

    同窓です。72年から00年まで28年間商社で食品・水産をやってました。
    その後は、水産加工屋、JICAのSV、銀行、放送局、南米の農産屋ETC、ETC。

    貴殿とは、一度会ってますが、お忘れのことと思います。

    何かというと商社は悪者になりますが、大手水産会社の貿易部門がこの頃より肥大化し、系列荷受けに荷割と称して、輸入水産物を全国的に割り当て、普及させました。漁撈が出来なくなったことで、漁撈物を輸入水産物と同じ方法で荷割を行いました(流通組織は素晴らしい)。又、貿易のスキームも変わりました。
    例)昔はアフリカのタコが本邦に丸で上陸(輸入されました)して来ましたが、今や冷凍たこ焼きになって輸入されています。漁撈が出来なくなったことに加え水産加工業の衰退も著しい。水産業が不振なのは、川上から川下まで、なんと言っても低賃金だからと思います。
     
    何故、水産業は貴殿が指摘するまでもなく、こんなに問題含みなのに、往時に対し数量ベースで三分の一以下になってしまった我が国の総漁獲高なのに、水産庁の人員数や外郭団体はそれほど減少していないと思うが、如何だろうか。

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