器病(うつわのやまい)から脱皮せよ(後編)

  • 水産特区に見た民主主義における器病

 「器病」という勝手な造語に定義もおこがましいですが「器が先行し中身を劣化させる病気」とでもしておきたいと思います。私が「器病」が政治の世界に広がりも始めているのではないかと思ったのは、東日本大震災復興特別区域法による宮城県の水産特区の認定をめぐる一連の動きからです。当事者である漁業者は猛反発にもかかわらず、知事・県議会は賛成、もちろんマスコミも「漁業権解放大賛成」で結局認定されてしまいました。中身(漁業者)より器(改革)が優先されたと受けとめました。

 この改革こそ、カナダのジャーナリスト、ナオミ・クラインの著書「ショック・ドクトリン」にある悪名高き大惨事につけ込んで実施される過激な市場原理主義改革そのものです。世界で行われたそのような改革の結果、一部の者を富ませ多くの人を不幸にしたことも周知の事実なのに、なんら中身のある議論がされないままでした。しかも、認定を受けた私的法人は資金力に乏しく、宮城県からカキ剥き機や筏の購入費として5億5千万もの多額の支援を必要としたことなど、民間資金の導入を目的とした法律の趣旨からするとまったく説明がつきません。先に器を作り、あとで中身を探したのでそのようなことになったのでしょうか。

漁業者が反対しても、民主主義の手続きを踏まえ、多数決で出された結論には従うしかありません。しかし、利害関係者は何と言っても漁業者です。その当事者があそこまで猛反発するなら「これは何かおかしい」と思うのが一般県民の普通の感覚と考えます。

しかし、漁業者の声は県民に届かず、マスコミの流す「既得権益にあぐらをかくな!」のわかりやすい理念の方が多数による支持を得て、その後の県知事選でも村井嘉浩氏は圧勝しました。極端に言えば、99%の漁業者が反対した水産特区を認定した知事を、99%の県民は支持したのです。これは、

 

「中身のない抽象理念」×「痛みなき者の多数決」=「当事者抜きの改革」

と思います。民主主義という器を、中身である当事者抜きで、利用したこの無責任方程式が、つぎつぎと生じ始める社会は「器病」になったといえないでしょうか。

 

  • 和があってこそ成り立つ民主主義

昨年2月、プノンペンで開催された資源管理に関する国際会議に出席した時のことです。そこに、タイ国の漁業省の方がおられたので、前から聞きたかったこと「どうしてタクシン派(赤)と、反タクシン派(黄)は、喧嘩ばかりしているのか。選挙の結果を受け入ることがなぜできないのか」を質問しました。そうすると、自分は反タクシン派(都市派)と明かした後、選挙をやれば農村部の支持が多いタクシン派が勝つのは分かっており、政権についた彼らは自分たちのためだけの政策しかしないので選挙結果を受け入れられない。よって選挙をボイコットし利益団体の代表により構成される「人民議会」の設置を要求している、とのことでした。

そういえば、日本にも「俺に票を入れなかった奴には補助金やらん」と公言していた政治家がいましたが、そのような政治家ばかりになればおそらく日本でも同じでしょう。多数者に従う民主主義とは、使い方によっては51%が49%から富を奪う手段にもなりうるわけです。「アラブの春」も一時はこれで中東諸国の民主化が進むと期待されましたが、政治の混迷は深まるばかりです。民主主義という器が与えられても中身が伴うとは限らず、むしろ以前の独裁政権の方がまだましだったという意見すらあります。

同じ民主主義の下でも、政治が安定するのとしないのでは、なにが違うのでしょうか。私は、政治学者ではないのでむつかしいことはわかりませんが、おそらくその制度(器)以前の、その国の風土や歴史がはぐくんできた国民性(中身)が違うためではないでしょうか。

日本に民主主義という近代的な制度が導入されたのは、明治維新でありそれまでは封建制度の下にありました。ではそれまでの日本の政治情勢は、欧米に比べ大きく遅れていたのでしょうか。むしろ逆で、幕末に来た多くの外国人が書き残しているように、江戸時代の庶民生活は、貧しいけれど幸せそうであり、清潔で一見したところ富者も貧者もないなどと高く評価しています。

民主主義という制度下になくても、その目指すところが政治的に実現されたのは「和を以て貴しとなす」という日本人に引き継がれた精神が根底にあったからではないかと思います。これは「日本書紀」にある聖徳太子が作ったとされる17条の憲法の一部分です。その第1条と第17条の現代語訳(金治勇『聖徳太子のこころ 』、大蔵出版、1986年)を以下に抜粋します。

 

一にいう。和をなによりも大切なものとし、いさかいをおこさぬことを根本としなさい。人はグループをつくりたがり、悟りきった人格者は少ない。それだから、君主や父親のいうことにしたがわなかったり、近隣の人たちともうまくいかない。しかし上の者も下の者も協調・親睦(しんぼく)の気持ちをもって論議するなら、おのずからものごとの道理にかない、どんなことも成就(じょうじゅ)するものだ。

十七にいう。ものごとはひとりで判断してはいけない。かならずみんなで論議して判断しなさい。ささいなことは、かならずしもみんなで論議しなくてもよい。ただ重大な事柄を論議するときは、判断をあやまることもあるかもしれない。そのときみんなで検討すれば、道理にかなう結論がえられよう

17条の憲法とは言ってもそれは当時の役人の心得・道徳集のようなもので、中には役人は朝早く出勤し遅くまで働きなさいとか、賄賂もらうなとか、とても憲法というレベルのものではないのも含まれており、役人だった私はつい笑ってしまいます。

特に、第1条と第17条は、今読んでも少しも古く感じない、むしろ民主主義の器病が進んでいる日本において、これこそが一番求められていることと言えないでしょうか。

ということは、逆に言えばこれが定められた西暦600年ごろから日本人は進歩していないことでしょうか。いや進歩していないのは役人だけで、日本人を丸ごと一緒にするなと言われそうですが、漁業者にまったく相談することもなく、突如マスコミに水産特区構想を発表した村井嘉浩知事だけは、17条の憲法に照らせば確実に退化しているといえるでしょう。

話を「器と中身」に戻すと、民主主義という器だけに頼っては世が乱れるが、「和」という中身がしっかりしておれば、器は多少異なっても世は治まる、と言えないでしょうか。これは何かに似ていませんか。TACやIQという一見見栄えがし、科学的とされる資源管理制度下にはなくても、長い歴史によって伝承されてきた漁業者の経験則と共同体管理という中身がしっかりしておれば、日本流のやり方で資源は十分治まると、私にはそう見えます。共同体管理とは「和による管理」でしょう。そういう意味で資源管理に最も重要な「和の精神」を説いた聖徳太子は、日本型資源管理の祖ともいえるかもしれません。

 

  • 新自由主義に基づく規制改革路線の成績は、1科目を除いてオール1

私の大きな疑問の一つは、新自由主義に基づく規制改革が、経済を低迷させ、格差を拡大し多くの人を不幸にしたことは明白で、現に今も続いているのに、なぜそれが止められないのかです。以下は、昨年6月に水産庁主催の「資源管理のあり方検討会第4回会議」に参考人として出席した時に提出した私の資料からの再掲です。

 平岩レポート(平成5年12月)」に基づき、我が国が「規制緩和」路線に転換した以降において生じた変化:(カッコ内の数値は、それぞれ基準年が異なる:佐藤力生調べ)  

・GDPは低成長又はマイナス成長 

・企業は利益を増やし(20兆円)、賃金は下がる(20兆円)    

・上場企業製造業の配当総額は急増(約1.3兆円から、約3.7兆円に)  

・企業の内部留保は倍増(125兆円から250兆円に)     

・サラリーマンの平均年収は減少(467万円から409万円に)   

・失業率が悪化(2%ら4%に) 

・格差が拡大(ジニ係数が0.252から0.273に)

・生活保護世帯が過去最高(216万世帯)        

・生活意識調査で生活が「大変苦しい」「やや苦しい」が増加。「普通」が減少

さらに追加すべきは、2014年のエンゲル係数が21年ぶりに24.3%と高水準になったことでしょう。

さて、みなさんが小学校の先生で、この生徒「新ちゃん」に通知表を渡す時に、5段階で何点をつけますか。私なら迷いなく「オール1」にしたいところですが、やはり一科目だけは5を付けざるを得ないでしょう。その科目とは「自分だけが儲ける生活術」です。

このような日本で20年以上も続く新自由主義に基づく経済政策のボロボロな結果は、本家のアメリカでもEUでも同じようなものです。日本国民で、今の経済政策を継続して、本当に良い未来が来ると思っている人はほとんどいないと思います。でも規制改革会議はますます元気です。不思議で仕方がありません。

 

  • 規制改革路線と中国の「大躍進」は似ている 

私は歴史上同じようなことがなかったか調べてみたところ、4000万人に上る犠牲者を出した毛沢東による経済政策「大躍進(1958-1960年)」がよく似ているという結論に達しました。似ている点を比較すると以下のとおりです。

 

 中国の大躍進      規制改革路線
 (ソ連をまねて)生産を大増産しよう    (外国をまねて)経済を成長させよう  
 「計画させれば増産できる」の単純発想 「競争させれば成長する」の単純発想    
 諌めるものは「裏切り者」とされ失脚  反対者は「既得権益まみれ」とされ排除 
 現場に無知な中央党幹部が計画作り 素人の民間委員を集め政策作り     
 インチキ学者(ルイセンコ)理論を採用 外国かぶれの経済学者の意見を鵜呑み   
地方幹部は自己保身で中央のいいなり    官邸の指示に唯々諾々の所轄官庁    
毛沢東には責任逃れの虚偽報告だけ     官邸にはメディア操作で都合の良い報道だけ                
生産性が低下し4000万人の餓死者   経済低迷、所得減少、格差拡大 
 都市の倉庫で食料が溢れ、農村で餓死者(分配の問題)   東京ばかり成長し、地方は衰退 
食料輸出の一方で、国内には大量餓死者 対外純資産は増え、国内所得は減る

こんな事例もあったようです。大躍進においてコメの増産計画が掲げられ、それに対し農民は「そんな密植では稲が育たない」と言ったが聞き入れてもらえず、なんと大きな団扇で稲をあおいで風通しを良くすることまでしたものの収量が激減したそうです。

これは、規制緩和による競争激化で「共倒れになる」と反対したのに聞き入れてもらえず、収益が低下し、一部においては客引きまで始めたものの、給与は下げられ労働時間が延長し、散々な目にあわされたタクシー運転手の姿にちかいものではないでしょうか。

 では、なぜ「大躍進」は失敗したのでしょう。ネットにあった種々の解釈で、もっとも正鵠を射ていると思ったのは以下でした。

 

経済のシステムや自然は、ごく単純で一見合理的な思考で、改造、操作できると考えてしまったこと

 

この「ごく単純で一見合理的な思考」こそが、規制改革路線の得意とする手法で、そのわかりやすさが国民を引き付け、今も続いている理由ではないでしょうか。その代表例を具体的にあげると、アメリカの新自由主義にならって(押し付けられて)始めた日本の規制改革路線を、いっそう徹底し加速化させた小泉政権下における以下の閣議決定が一番適切かと思います。

 

 

「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」2001年小泉内閣における閣議決定

ア 市場取引や成長を妨げる規制・慣行や制度を根本から改革する。

イ 明確なルールと自己責任原則を確立する。

ウ 経済成長は労働人口ではなく「知識・知恵」である。

エ 「創造的破壊」を通じて効率の高い産業へ 

オ 「市場取引」と「競争」で経済成長を生み出す。

 

これこそ「ごく単純で一見合理的な思考」によるスローガンの羅列です。

私が上で述べた器病の無責任方程式

 

「中身のない抽象理念」×「痛みなき者の多数決」=「当事者抜きの改革」

 

 

の「中身のない抽象理念」こそが「ごく単純で一見合理的な思考」に合致し、

この小泉内閣劇場を熱狂的に支持した国民(恥ずかしながら当時私もその一人)が「痛みなき者の多数決」に当たる、

と解釈してもそう外れていない気がします。

似ているついでに、結末も予想してみましょう。

結局毛沢東は、惨憺たる結果に失敗を認めざるを得ず、その後中国は、(エリノア・オストロム教授の3つの道に従えば)第2の道(官による計画経済)から第1の道(改革・開放路線)へと転向しました。いったん退いた毛沢東は、その後復活をかけ「文化大革命」を仕掛け、今度は2000万人という犠牲者を出し、今もって中国に深い傷跡を残しているといいます。戦時下でもないのに自国民を合計6000万人も殺した人間の肖像を紫禁城の入り口に掲げなければ、国が統一できないという易姓革命の国は大変ですね。

とすれば、我が国も規制改革路線により一層悲惨な状況に至らない限り、それがやむことはないのでしょうか。暗澹たる気持ちになります。日本人が、「中身なき器だけの成長戦略」でもがけばもがくほど悪くなる「蟻地獄」から這い出すためにはどうすればよいのでしょう。それにはアメリカ由来の器病を自覚し「和」の精神を生かした日本独自の第3の道(脱競争、共存・協調)への経済路線に転換していくことではないかと私は思います。

 

  • なんと新自由主義と社会主義は同じ「左翼」だった

なぜ社会主義国家が進めた「大躍進」と、典型的な資本主義国家であるアメリカが推進した新自由主義が似ているのか、正直にいってわかりませんでした。そもそも「大躍進」とは国家成立後間もない中国が社会主義から共産主義に移行しようとした段階で行った実験のようなものです。一方、「新自由主義」とは東西冷戦で勝利をおさめたアメリカのレーガン大統領の側近たちが進めた市場競争至上主義の経済政策です。どう考えても左と右の対極に位置するものです。

ところが、偶然にも図書館で見た「文明の敵・民主主義―危機の政治哲学―」(西部邁著 2011年11月 時事通信社)のp226~231にこの謎への答えがズバリと書いてあったのには驚きました。この6ページにわたる内容は、私にとって、その一部も省略できないくらい完璧なものに受け止められました。本来ならその全文を引用したいのですが、長くなるので特に強く印象に残った部分を断片的にかつ要約し以下に列記します。赤字は私が付しました。関心のある方は、ぜひ本物をご覧いただければと思います。

 

・自由という言葉を、とりわけ競争の次元で、何の疑いもなく叫ぶ国はどこか、アメリカ。

・抑圧・格差・競合・情念といった過酷な現実がその大陸を濃厚に染め上げていればこそ、自由・平等・友愛・合理の理想をアメリカ国民は声高に合唱する

・そういう理想で壮大な実験国家を歴史不在の大地に建設しようとするのは、まぎれもなくレフティズム(左翼主義)。左翼を社会主義とか社会民主主義のことと限定しようとするのは、狭すぎる解釈。その証拠に、その政治用語が登場したフランス革命時には、社会主義はいまだ産声を挙げていなかった。

・フランス革命を切っ掛けにして、西欧に広がった左翼の政治は、西方に進んでアメリカイムズに、東方に進んで中国の共産主義化を含めて、ソビィエティズムとなった。

・米ソは(今でいうと米中は)多民族の実験国家という点で類似。抽象的な理念で国民を統一しようとし、それを他国に押し付ける点でも似通っている。金銭という効率計算の標準に臆することなく執着することにおいても同じ

・(米ロ中に共通するもの)普遍的な理想を抽象のレベルにある思想から抽出し、それを理想とみなして、直接的に具体のレベルにおける政策として推し進めようとする。それは、必然的に自国民の個別的な歴史を担って出来ている他の諸国家の政策と衝突するのやむなきに至る。

・アメリカにおける保守的思想と西欧におけるそれはむしろ対極にある。西欧の保守は、共同体という名の社会的有機体をできるだけ保全しようとし、個人や集団の理性はつねに不完全で誤謬を含んでいることに重大な関心を払い、社会の制度改革については漸進的態度で臨む。そうした形での政治を「不完全性の政治」と呼ぶこともある。一方、アメリカの保守は、契約体として社会を設計すること、人間の合理性に強い信頼をおくこと、制度改革における急進主義を歓迎する。これは、西欧の保守にあっては、むしろ「革新主義」として警戒される種類の政治。なぜかというと、革新主義は人間理性の完成可能性を信じているから。

戦後日本の保守は親米であり「革新保守」で、厳密には保守は存在しなかった。戦前・戦中の体験を有している世代が無意識の中にその実践で保守を含ませていた。その代表例が「日本的集団運営方法」で、日本経済に多大な貢献をした。しかし、「日本的経営」は常に克服すされるべき非近代的なやりかたとみられていた。ついに平成期になり、日本人の歴史感覚を承継してきた世代が退陣し、アメリカニストやソーシャリストの戦後派が権力を掌握した。

・その左翼風を吹かす権力がむき出しで行使されているのがメディア業界。メディアの「権力を批判する権力」という根本矛盾から「抜本改革」という左翼の至上命題を呼号し始めた。

・しかし、日本における最高権力はアメリカが実質的に握っていることから、どの勢力も社会秩序の形成に本気で取り組めず、単なる言葉の遊びに。このため「平成改革」なるものが打ち続く政権交代劇しかもたらさなかった。

ビックリしました。なぜ、新自由主義と大躍進が似ているのかはもちろん、私がくどくどこのブログで書いてきた資源や漁業のあり方をめぐる規制改革会議との論争の背景もすべて説明されているではありませんか。世の中には偉い先生がいるものですね。資源管理を巡る種々の議論にピッタリくる記述が満載です。面白そうなので、後日一つ一つ突き合わせてみたいと思います。

とりあえず、この本から学んだことを簡単にまとめると、

 

 

・歴史ある国にとっての器病とは抽象理念先行の「左翼病」。規制改革会議は左翼集団。

・ただし、歴史が浅いまたは多民族で構成されている国家においては、国民をまとめるに「抽象理念という器から入る」のも必要な手法。

 でしょうか。

 

  • そういえば思い当たることが

西部邁氏の本から、戦後の日本の政治を担ってきた自民党を「革新保守」とする解釈があるのを知り、これまでの「左翼・右翼」を「革新・保守」と同意とみるのは必ずしも適切ではないと思いました。

そういう観点から見ると、身近なことで思い当たることがあります。

熊野市の漁村に1年半住んだ時に、衆議院と参議院の二つの選挙がありました。選挙は地域挙げての参加です。自民党の候補者が選挙カーで演説に来る日に動員がかかり、公務員時代にはそのような経験がなかったので、面白そうで出かけました。候補者は「皆さんのために頑張ります」的なことを言っていました。しかしそれを聞く漁村の皆さんは高齢者ばかりです。私はその場にいて、その候補者に急に怒りがわいてきました。

自民党を応援してきたこの漁村を、一人の子供もいないようにしたのは、どこの政党か! あなたたち自民党ではないか! 民主党が政権交代を果たした総選挙の時にもこの漁村は浮気をせず、一貫して自民党を支持してきた。それなのにTPP参加問題も、奥歯に物が挟まったような逃げ腰の演説しかできない。恥ずかしくないのか!(と言いたかったのですが、心の中だけにしました)

選挙カーが去った後、漁業者の方に「あなた達は腹が立たないのか」と問いました。そうすると「伊勢湾台風の時に当時の田村元代議士に大変お世話になった。その時の恩があるのでこの村は自民党を支持する」とのことでした。伊勢湾台風とは昭和34年のことで、もう50年以上前のことです。理屈では説明できない、これぞ日本の地域に根付いた保守というものかと感じました。それと同時に、一層漁村を疲弊させるTPP参加問題に反対と明言できない政党しか保守系では選択肢がない、村人の悲しさも感じました。自民党とは日本の歴史に根付いた保守ではなく、器から入るアメリカを指向する(させられている)革新だったのでしょうか。

一方、全く別のことがありました。水産特区にかかる宮城県議会での出来事では、最終段階まで漁業者サイドに立ち、水産特区に反対したのは日本共産党だったと聞きます。漁業者に理解を示していた一部の保守系の議員も、最終的には「漁協は漁業権を独占するな」「民間企業に漁業権を開放せよ」という、規制改革会議の意向を踏まえた革新的な知事やマスコミの大合唱の前に屈したのでした。

「保守が革新にくみし、共産党が革新に立ち向かう」

とはいったいどういうことでしょうか。

まさか、日本共産党とは実は保守なのかと、今回はじめて日本共産党綱領を読みました。そこには、「○○と闘うぞ」「○○を守るぞ」という言葉が出てきますが、「○○を破壊するぞ」「○○を撤廃するぞ」という言葉は意外に出てきません。上に掲げた小泉内閣の閣議決定の「成長を邪魔する奴は排除するぞ」「規制・慣行・制度を根本改革するぞ」「創造的破壊するぞ」「競争激化させるぞ」「負けた奴は自己責任だ」の方が、よほど既存の社会秩序を破壊するにおいて左翼的で革新といえましょう。

民主党は、国家間の垣根を取り払いヒト、モノ、カネの移動を自由化する大きな器であるTPP参加を、公約にもないのに突然打ち出した政党。維新の党も、中身をどうするかは後回しで、先に大阪府と大阪市を統合するなど器から入る典型的な政党。という消去法でいくと、とんでもない結論に・・・

「日本共産党こそが、日本における唯一の保守政党か!?」

将来「日本左翼保守党」や「日本右翼革新党」など器(党名)と中身(政策)が一見ちぐはぐであるが、実はただしいという政党が出現するかもしれません。もー頭がクラクラしてきたのでこの辺でやめます。

今回のテーマは、私にとって少し背伸びしすぎましたが、IQ・ITQと自主的資源管理を「器と中身」の関係に置き換えて考えれば、その違いはこんなところからきていたのかと、あたまの整理がついてきたような気がしました。

 

氷山物語その7

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まるで木星の表面にある「大赤斑」のような異様な形を見たときに、どうしたらこんな氷山ができるのか全く想像が付きませんでした。なぜ、そこだけが黄いのでしょうか。乗組員の方に聞いてみたら、おそらくペンギンなどの海鳥の糞が溜まっていた跡ではないかということでした。画像を拡大すると、まるで「青の洞門」ならぬ「黄色の洞門」に吸い込まれていきそうです。

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