漁村と都会の高齢者との「結(ゆい)」構想(中編)

  • 「結(ゆい)」構想の骨格

 

構想の中身を一言でいえば、 

 都会の高齢者に漁村に住み、漁業を手伝う喜びを知ってもらうこと。

ー漁村と都市が助け合う、結(ゆい)の結成をー

 であり、私がイメージしている構想の骨格とは以下の通りです。

 「結(ゆい)」構想の骨格

①対象者:都市部に住む元気な就労していない高齢者

②仕事の内容:漁労・加工に係る補助的作業

③労働条件:年間数か月・一日数時間、金銭報酬無し              

④受け入れ漁村での住居・食事・お土産の提供

⑤都市部における魚・加工品の紹介・販売のお願い

⑥都市部における災害時の支援の約束

 

以下項目ごとに説明します。

 

①対象者:都市部に住む元気な就労していない高齢者

 

私自身、もし漁村に移り住まなければ、その一人であったと思いますが、都市部には元気な高齢者がたくさんいます。公務員の場合、退職後に関連団体に勤める人もいますが、すべての人が再就職先を見出せるとは限りません。民間企業の方ならなおさらそう簡単には再就職先が見つかるとは思いません。

 マスコミの「忘れっぽさ」にはあきれる

民主党が政権についた頃が最も騒がしかったと思いますが、当時マスコミでは連日のように「天下りをやめさせろ」の大合唱でした。最近さっぱりそのような報道は見当たりません。どうなったのでしょうか。何も変わっておりません、むしろ昔に戻ったような感じもします。私としては、公務員がその経験を活かし退職後に社会に貢献すること自体は決して間違ったことではなく、問題は高額の報酬だと思います。私自身は、以前から天下りする気はなかったので、どうでもよいのですが、その時々の社会的風潮に迎合し「散々批判しておいて、あとはスルー」なのでしょうか。その逆の「散々誉めちぎっておいて、あとでこき下ろす」180度転換型もあります。一貫性のないマスコミの「忘れっぽさ」「手の平返し」にはあきれます。TPP参加を主張する一般紙も、そのうちあれは国益を損ねたと平然としていうのではないかと思います。

 

定年を迎え就労していない高齢者が増える社会は、同時に社会的なつながりが乏しい社会ともいえます。特に、「孤独死」に象徴される都会の高齢者の存在は、昔であればおよそ考えられなかったことです。地方から都市に出てきて、我が国の高度経済成長を懸命に支えてきた人が、用済みとなった後は、再び地方に帰ることもできず、親類縁者の乏しい都会の団地の一室で孤独に生涯を終える。「経済成長、人間衰退」ともいえる何ともかなしい社会です。そのような高齢者に再び故郷を感じてもらうことも「結(ゆい)」構想」の目的です。

 

また、最近大きな社会問題となっている高齢者の「認知症」も、第一次産業や自営業の家庭が多かった昔は、おじいさんやおばさんにも何かしら仕事があったためか、そんなに多くなかったような気がします。認知症の予防策として「運動習慣」と「対人接触」が挙げられており、さらに「魚をよく食べる」もその一つにあります。まさに「結(ゆい)」構想は、認知症対策としてもピッタリです。

 

なによりも都会の高齢者を対象とする最大の理由は、国家財政の悪化により社会保障制度が崩壊又は著しく劣化した時に、最も困窮する階層が都市部の高齢者ではないかと思うからです。国の歳入の半分を国債に頼り、しかも日銀が市場で国債を大量に買い取りしています。こんなことを続けて大丈夫なのでしょうか。私はお金の価値がなくなり「ハイパーインフレ」が起こるのではないかと心配ですが、専門家によるとその確率は低いようです。一つの例に過ぎませんが「国債リスク 金利が上昇するとき」(森田長太郎著 東洋経済新聞社 2014年2月13日発行)では、以下のようにわかりやすくこの先何が起こるのかを確率論で表しています。zaisei

 

 

これによると今以上に財政が悪化する確率は9割です。これでは、増加し続ける都会に住む高齢者の年金・医療・介護などに関する財政的負担に耐えられなくなる可能性が大です。もちろん地方にとっても同じですが、金がなければ一切れの食料も手に入らない都会の高齢者が、最も厳しい状況に追い込まれるのではないでしょうか。

 

先般、新幹線内での焼身自殺により乗客が巻き込まれ死亡するという痛ましい事件があり、報道ではその動機は「年金(月12万円)が少なく、生活できない」でした。その金額をどう評価するかは、住む地域の状況で判断が分かれるところでしょうが、今後生活費の高い都市部の高齢者の生活が厳しくなることだけは間違いないようです。この「結(ゆい)」構想が、そのような状況になった時、わずかながらでも都市の高齢者を助けることにつながればと思います。

 

② 仕事の内容:漁労・加工に係る補助的作業

 

私が今住む答志町には若い漁師がいっぱいいます。しかし、その若い漁師の方も「高齢の漁業者が今後引退することにより、漁業者の絶対数は確実に減ってくる」と言っています。その分、一人当たりの資源が増えるので良いとも言えますが、魚は畑の大根のように待ってくれず、漁期は限られており短期間の勝負です。そうなると若い漁師の漁獲能力を高めないと漁獲量全体が減っていきかねません。また、単に一人当たりの生産量の増大のみならず、生産金額も維持向上させる取り組みが必要となります。すでに何度も触れてきましたが、漁労や加工作業の繁忙時期に、簡単な作業工程に人員が投入できれば、漁業者や加工業者は随分と楽になり、その労力を漁獲量増大や付加価値向上につなげられます。

 

これは、熊野で経験した一つの事例です。小型定置網を行っていた高齢漁業者の奥さんの足の調子が悪くなり、ご主人一人では無理なので撤退しました。隣の小型定置網の漁業者がその漁具を使い継続すれば漁獲量は倍になるはずですが、それはできませんでした。なぜなら、日々の魚を回収してくる作業は短時間で終わりますので、それだけなら2つの定置網でもできますが、週に一度の網替え作業が重労働で負担になり無理だったのです。年金収入もある高齢漁業者であれば、一つの定置網でも生活していけますが、今後若い漁業者を漁村に迎えるとなると、その程度の収入ではやっていけません。よって、所得を増やすには、ネックとなる網替え作業を手伝う人員を確保できるかどうかが、重要な課題となるのです。

 

 こうすればよい、ああすればもっと良くなる、など漁業現場で考えられるアイデアはたくさんあります。しかし、新しいことをしようとすれば、どうしてもそのための人手が必要となります。大型定置網やまき網漁業など経営規模の大きいところは、本格的に若い人を雇用したり、外国人研修生を受け入れることもできますが、家族単位での労働を基本とする小規模な沿岸漁業や加工業者ではそれはなかなかできません。よって、この構想があれば、それを実現することも可能になってきます。この構想の実現には、受け入れ側の漁協がその運営主体になる必要があり、加えて地元自治体による支援も必要と考えます。さらに、都市部の自治体が、この構想に参加する住民の健康維持による医療・介護費の節減や、漁村にいる間の滞在費が原則無料になることによる生活費の削減などに意義を見いだして、応援していただけるならば、より実現性が高まる思います。

 

例えば、漁村に行かなくても簡単な技術が習得できるように、都市部において自治体が関与している高齢者向けカルチャースクールに、「漁業体験・支援コース」などを開設していただければ、大変ありがたいことです。受け入れ漁村から派遣された漁師の指導のもと、網修理の練習をしていただく。漁村には破れた網がいっぱいありますので、教材には事欠きません。私は不器用なので覚えるのに苦労しましたが、「もやいむすび」など各種のロープの結び方の練習もあります。これらは、体力はいりませんが、頭と手先を細かく使う作業なので、「認知症予防」にも絶対役立つでしょう。春先になるとカキも安くなりますので、その時に筏に残ったカキをトラックでまとめて都市部に送り、カキ剥きの練習も考えられます。おそらく剥いたカキは傷だらけで売り物にならないでしょうが、味はまったく変わりませんので、カキフライにして食べるとそのおいしさに驚かれるでしょう。

 なぜ、自分で剥いたカキは美味しいのか

普通都市部で売られている「殻つきカキ」は生食用ですので、18時間以上滅菌海水で洗浄されるため、どうしてもその間に味が落ちます。一方、加熱用のカキはその必要がないので、味だけで言えばこちらが上です。しかし、店頭で売られている剥いた状態でパック詰めされた加熱用カキは、見た目のボリューム感を出すためでしょうか「水ぶくれ」状態になっているように見えます。私も初めて知ったのですが、カキ殻の中はカキにとって海の状態を維持しているようで、カキを剥くとその直後はプリプリしていますが、見る見るうちに身から水分が出てきて萎んでいきます。その水ぶくれしていない萎んだカキこそが本来の姿で、普段は都市部で手に入らない、だからそれで作ったカキフライがおいしいのです。

このように都市部でのカルチャースクールで「何、このコースは?」と興味を持っていただく、そのようなきっかけづくりが構想の実現の一歩ではないかと思います。

 

③ 労働条件:年間数か月・一日数時間、金銭報酬無し

 この構想は、移住ではなく、繁忙期の短期滞在型を前提としております。例えば、高齢者が都市部の自宅を留守にできる期間や、無理のない労働期間を考慮して、例えば、1回の単位を1か月間とし年間3回、一日の労働時間を3時間(半日)程度が適当ではないかと思います。もちろん個人によって能力差はあるでしょうが、その人に無理のない範囲でお手伝い感覚で始めていただくことが、絶対必要な要件と思います。

 

漁業や加工は自然を相手にする産業であり、周年忙しいわけでありません。また、完全移住となると、高齢者に係る社会保障費の地元自治体負担が生じることになり、それでなくても財政事情の厳しい地方を一層苦しめることになります。さらに、私自身の経験からしても、やはり都会生活が長かった人間が、完全に漁村に移住することには、抵抗感があります。いつでも都市部にある自宅との間を行き来できる、その気軽さが結果として漁村に住むことにつながると思うからです。

  日本創成会議の「東京圏の高齢者、地方移住」提言との違いについて

 

2015年6月4日、民間有識者でつくる日本創成会議(座長・増田寛也元総務相)は、東京など1都3県で高齢化が進行し、介護施設が不足することから、施設や人材面で医療や介護の受け入れ機能が整っている全国41地域を移住先の候補地として示した、とのことです。

 

これについては、評価する意見がある一方、「現代版姥捨て山」という批判があり、また「賛成」は知事の3割で財政負担に懸念、としているようです。私もこのような地方移住には反対です。地方は、高度経済成長期及びその後の貿易自由化、規制緩和の施策によって衰退し、都市部を中心とした経済発展の犠牲になってきたと思います。現に、いまでも都市部と地方との所得格差は拡大する一方です。富を有する者が、その富の形成に貢献した人間の面倒を最後まで見るのは当然ではないでしょうか。都市部の都合で地方を利用するのはよくないことです。

 

この提言において、特に問題だと思うことがあります。日本創成会議は昨年「消滅可能性都市」をリポートし、人口減少地域の問題に強く警鐘を鳴らしたにもかかわらず、移住候補地には、一定以上の生活機能を満たした都市部が中心で、過疎地域は生活の利便性を考え、移住先候補から除いた、ということです。ようするに、過疎地域は「姥捨て山」としての条件も満たしていない、それ以下で「消滅せよ」とでも言いたいのでしょうか。過疎の漁村で懸命に生きている人々の現状を思い、強い憤りを覚えずにはおられません。

 

私は、この提言の根本思想として、規制改革会議にも共通する「すべてを金銭や効率性で判断し、そこに住む人間のことは後回し」がある思います。いわゆる、今だけ、金だけ、自分だけの「3だけ」主義者が考えそうなことです。東京で生まれ東京で生きてきた人には、地方から見れば自然に乏しくゴチャゴチャしていても「東京が故郷」なのです。住み慣れた自宅や地域で生涯を終えたいと思うのは当然でしょう。あなたはもう用済みでカネばかりかかるので、どうか地方に移住してくださいと言われて、どう感じるでしょうか。提言にかかわった方は、自分の親にもそう言うのでしょうか。まともな人間の言えることではないと思います。

 

 「結(ゆい)」構想と、日本創成会議の「高齢者地方移住」提言とは一見似ているようですが、根本思想が全く異なります。結(ゆい)はあくまで助け合いです。混同しないようにお願いします。

労働の対価としての金銭報酬はありません。都市部と漁村との間の交通費も自己負担としますなぜ、私が無報酬にこだわるか。それは、私の経験上その方が双方にとって継続性が高まると思うからです。素人が役に立つためには、ある程度の期間が必要となります。それまではほとんど役に立たず、むしろ邪魔にさえなります。お金をもらう方は、ちゃんと働かないといけないと思い、それが精神的な負担になってきます。またお金を払う方も、当然それなりの仕事振りを要求したくなります。それはつい厳しい言葉として出てくるでしょう。

 

例えば、私がカキ剥きのお手伝いを始めたころは、ほとんどのカキに傷をつけてしまい売り物になりませんでした。これでは、役立つどころか損失を与えに来たようなものでした。でも漁師の方はうまくなるまで辛抱強く待ってくれました。それがだんだんうまくいきだすと楽しくなり、今まで経験したことのない「無報酬による人助け」の幸せ感が生じてきます。漁師の方から「ありがとう、助かる」と感謝される、これはお金をもらっては絶対味わえません。だから都会の高齢者にどうしても無報酬をお勧めしたいのです。

                               「やとう(ふ)」の原義

 

ウィキペディアで、「結(ゆい)」を調べていた時に、「そうだったのか!」と感動したことがあります。それは、「やとう(ふ)」は「家問う(ふ)」が原義と考えられ、頼むべき家々をまわって労力の共同を申し入れ、それによって助けられれば自分の家もそれに応じて返すことを前提としていた、とあったことです。私は「やとう」とは「雇う」「雇用」が語源であり、一方が労働を提供し、その対価として一方が金銭を払う契約行為と思っていましたが、そうでなかったようです。

 

また、結(ゆい)について解説した別のブログ(感謝の心を育むには 日本の精神 4~村落共同体の充足規範 「結」)にも、金銭を伴わない「結(ゆい)」構想にピッタリの記述がありましたのでその一部分を以下に引用させていただきます。

 

周りに期待し、自分も周りの期待に応えていくそうした社会が江戸時代の村落共同体にはすでに築かれていて、お金ではなく、如何に周りを充たすことができるかという評価を第一価値としてみんなで共認していたから、その集団内では誰一人貧しいと思う人はいなかったということが納得できます。

現代は、近代思想による導入により、お金が唯一の評価基準となっているため、お金を求めて豊かさを追求しています。しかし、そこでの追求は結局一時の充足は得られるものの本当の充足には結びつきませんし、次につながる活力源もうまれません。

本当の充足とは、そこからみんな(社会)に役立つことによって自然に生まれるもので、次につながる活力を生み出すことのできるものです。

 

④ 受け入れ漁村での住居・食事・お土産の提供

 

<住居>

とはいえ、受け入れ側が、漁村での滞在費まで都市部の高齢者に負担していただくのでは、甘えすぎと思います。滞在中のお金の負担は原則なし(漁村によっては商店がないので使いようがない)、住居、食事は受け入れ側の漁業者・加工業者に用意(負担)してもらわないとなりません。住居は漁村に多い空き家を活用することが考えられます。また、地元の旅館・民宿などがあり、条件が合えば、それを利用する方法もあると思います。というのは、大都会のホテルなどでは客室稼働率が80%を超えるなど高率ですが、地方の旅館などでは20%程度と聞きます。とすれば、観光客の閑散期と漁業や加工の繁忙期が重なれば、地元の旅館や民宿の活用もあり得るのではないでしょうか。もちろん、部屋の掃除やシーツの洗濯など可能な限り自分たちでやっていただき、受け入れ側の経費負担を軽減することが必要です。なお、今私が住む答志島には多くの旅館・民宿がありますが、中にはまだ十分使えそうなのに閉館されたところがあります。このような物件の再活用も検討に値するかと思います。

 

 

<食事>

さて、最大のキーポイントの食事についてです。構想への参加者が一回で終わるか、リピーターとなるか食事で決まるといっても良いでしょう。ただし、「毎日高級魚が食べられるぞ!」と期待されても困ります。高く売れる魚は商品であり、漁師自身も食べられません。しかし、美味しい魚はいっぱいあります。地域で事情は異なるので、一概に言えませんが、私の多くの経験から熊野での典型的事例を挙げます。これは都会では金を出しても食べられないものです。

 

その魚は、地元で「メジカ」と呼ばれている「マルソウダカツオ」です。市場での価格は㎏あたり50-80円で、なんと日本海のベニズワイガニ籠漁業の餌に向けられています。私はそのような事情を知らず、獲れたその日に刺身で美味しくいただきました。地元では刺身で食べる習慣がなかったために「刺身で食べたのか」と驚かれました。なりよりも美味しかったのは、昔宮崎県庁に出向していた時に、カツオ漁業者の方に教えていただいた方法で、それを醤油で甘辛く煮て身をほぐしてフレーク状にしたものです。「カツオ」を原料にした商品よりも絶対にこちらの方が美味しいと思いました。シーチキンのようにサラダに乗せたり、おにぎりに入れたり、ピザトーストの具として使いましたが、しっかりとした魚の「うまみ」というかそのコクは比較になりませんでした。でも、なぜこんな美味しいものを利用しないのかがすぐわかりました。一度定置網に「メジカ」が大量に入網し、その日のうちに調理しきれなかったので、翌日にも調理したのですが、二日目のフレークは魚臭さが強くなり美味しくないのです。しっかり水氷をしていたにもかかわらず、たった一日で味が劣化したのです。このように『ボルトのように足が速い』魚は、一般の流通機構においてはあまり食用に向かないようです。

 

美味しいかもしれないが、そんな餌になるような魚しか食べさせてもらえないのかと残念がることもありません。㎏あたり5000円もするイセエビも時々食べられました。ただし、タコにしっぽを食いちぎられた出荷できない傷ものですが。普通ならもったいなくて絶対にそのような食べ方ができませんが、頭も身も二つ割にしてみそ汁に入れ、どんぶりからはみ出すほどの立派なイセエビを豪快にいただく。これほど贅沢なものはないと思いました。

 

私は単身だったので、毎食自炊でした。もちろん、週に一度の網替えなどの大きな作業が終わったその日の夕食に漁師の方の家に呼ばれ、奥さんの手料理をいただくこともありました。私は、料理が得意という訳でもありませんが、そもそも魚の鮮度が良いので、刺身で食べるのが一番ですし、焼き魚や煮魚も手がかかりません。手の込んだ料理をする必要がなかったのです。しかし、構想への参加者には、ぜひ夕食だけでも共同食堂方式をお勧めしたいと思います。その理由は、食事は一人よりも多くの人と一緒に食べる方が楽しいことと、そのような場があれば、そこが地元の漁業者との交流の場にもなるからです。

 

そこまでいうか、というお話をしましょう。都市部からお手伝いに来た方に、これをやってもらえばと、漁師の奥さんが一番喜ぶことは何でしょうか。漁業を手伝ってもらうことは二番目です。一番目は自分たちの食事(おかず)も作ってもらえることです。「えー、そんな、その逆を楽しみにしてきたのに」と思われるでしょう。都会に住んでいる方は、ほとんど知らないですが、漁業者の奥さんはご主人と共に漁船に乗って漁に出ます。漁労作業が終わり家に帰って、ご主人は風呂から出た後はテレビを見ながらビールを飲んでいても、奥さんはそれから料理を作らなければなりません。軍隊で言えば、前線での戦闘に加え、最も重要な兵站も同時に担当しているのです。女性こそが沿岸漁業を支えているといっても過言ではないでしょう。

 

あくまで熊野での事例ですが、その大変さをお話ししましょう。イセエビ漁の盛漁期は、忙しくてしょうがありません。仕事も、家事も、の負担で奥さん方の頬がこけ、痩せてくるのがわかります。私が手伝っていた漁業者のご夫婦は「ごはんに納豆だけの食生活が3日目だー」と言っていたことがあります。また、別の漁業者の奥さんが「あーあー、明日からまた粗食か」と嘆いていたので事情を聞くと「娘がたまたま帰省しており、食事を作ってくれて助かっていたが、今日戻るから」とのこと。私も疲れて、もらった魚をさばく元気すらなくなり、ご飯にレトルトのおかずで、あとは「バタン・キュー」ということもありました。正直、この時だけでも千葉にいる家内に「飯炊き」に来てもらおうかと真剣に考えました。このように、もし料理が苦にならない方がいて、そのために構想に参加しても良いと思われるなら、本当に感謝されるでしょう。もちろん、休漁日や時化で漁が休みの日には、そのお返しに地元料理など漁業者の奥さんに作ってもらえると思います。そのような料理を覚えられれば料理のレパートリーも増えるでしょう。

 

 

食べ物の話は皆さんの関心のあるところだと思いますので、応用編にすすんでみましょう。受け入れ先がカキやワカメの養殖業者だったとします。漁業者は朝から晩まで、その作業に追われ魚を獲りに行く暇がありません。そうするとお手伝いする人は毎日カキとワカメしか食べられないことになります。これでは楽しみがありません。そこで、1週間に一度くらいおかずになる魚を獲りに刺し網などを入れに行くことになります。季節にもよりますが、刺し網にかかった魚はほとんどが生きています。それを「いけす」に生かしておけば、毎日新鮮な刺身が食べられます。おかずを手に入れるくらいの簡単な操業であれば、漁業者一人に乗船してもらいその指導の下、投網、揚網、魚外し、網の整理などの作業を参加者が主体となって行うことができるかもしれません。もちろん釣りが趣味であれば、お手伝いした残りの半日をそれにつかえます。私にはその趣味がないのですが、熊野に住むと言った時に、「磯釣りの最高のところ、うらやましい!」と言われたことがあります。また、どこの漁村も半農半漁で、放棄された畑が多くあります。家庭菜園が趣味の方であれば、そこを再開墾し野菜などを作ることも可能でしょう。お手伝いした残りの半日で趣味を兼ねて、食材を自主調達することも楽しみの一つになるではないでしょうか

 

<お土産>

現地で、美味しい魚や加工品をいただくことも喜びの一つですが、これを都市部に住む家族や知り合いに贈り、「おいしかったよ」と喜んでもらった時にはそれ以上にうれしいものです。そこで、漁村でお手伝いしていただいて都市部に帰られるときには、地元の美味しい魚や加工品をたくさん持って帰っていただく(実際には宅配便で自宅あてに送るのですが)ことがきわめて大切です。

そうすれば、おじいさんやおばあさんは、必ず子や孫や知り合いにそれを配ります。その時には、漁村での苦労話や楽しかったことなど、話も尽きないでしょう。ご家族の方も以前と違う「人の役に立ち、感謝された」顔をみて、きっと幸せな気分になると思います。もちろんその苦労話付きのお土産はどんな高級品より、美味しく感じることは間違いありません。子供が初めて作ったクッキーを「これ食べて」と持ってくるあの逆バージョンのようなものですから。

 

⑤都市部における魚・加工品の紹介・販売のお願い

私が、この構想が漁業にもたらす効果として、秘かに期待しているものがあります。それは構想に参加された高齢者が都市部に戻られている間において、地元の魚や加工品の宣伝や販売促進への取り組みをしていただくことです。もちろん、これはあくまでお願いベースの負担にならない範囲内でのことです。なぜ期待するかというと、このような個人的関係から生まれた販売ルートの有難さを実感したことがあるからです。

 

具体的な事例を挙げます。私がカキ剥きをお手伝いしていた漁業者のところに「名古屋の喫茶店」と「東京巣鴨の蕎麦屋さん」から定期的に注文がありました。市場の価格が低迷してもあらかじめ決めた価格で、4㎏単位でコンスタントに注文が入ることは本当にありがたいことです。でも、なぜ喫茶店と蕎麦屋さんとが・・・。

 

まず喫茶店とのきっかけです。それは、奥さんの高校時代の同級生が名古屋に住んでおり、時々カキ剥きのお手伝いに来てくれていました。その方が近所の喫茶店の昼食メニューにカキフライ定食があり、お土産に頂いたカキを一度使ってみたらとプレゼントしたら、お客さんが「今日のカキフライはいつものと全然違う」と評判になったことから始まったものだそうです。蕎麦屋さんの方は、時々個人的に注文してくれていた知り合いの方が、店で買うカキとは美味しさが違うので、その蕎麦屋さんに勧めたところ、なんと「カキそば」がその店の一番人気メニューとなったということです。

 

これはたまたまの例かもしれませんが、口コミ販売力の凄さを感じた次第です。このように、都市部に住む人の個人的関係から始まる販売促進は、味より価格の量販店の意向などに左右される市場とは違い、美味しさを評価してもらえ、リピーター率も高いのです。特に、市場での価格が安くなった時は、漁業者から「今がお買い得ですよ」と連絡を差し上げ、都市部における団地やサークル活動の知人へ紹介してもらうなどはどうでしょうか。販売量は限られていますが、このような安定した価格の販売ルートが少しでも増えることは、漁業者にとってありがたいことなのです。現地だけでなく、都市部にいても漁業者に感謝されることができる、それが喜びになると思います。また、このことが構想そのものの広報にもなり「私も参加してみようかな」と思う人が増えるきっかけになるかもしれません。

 

⑥ 都市部における災害時の支援の約束

昨年夏にいくつかの地方に講演で呼ばれたときに、この構想の概要について話しました。その時に、青森県と鳥取県の方から「このようなお返しをすると喜ばれるのではないか」という大変良いアイデアをいただきました。それが「漁村が都市を助ける」以下の内容です。

 

ア 都市部での大災害時において、食糧など支援物資の差し入れ

 

東日本大震災による被災地の当時の惨状は記憶に新しいところであり、今も避難生活者が多数おられます。今後想定される首都圏直下型地震などが発生すると、人口密度の高い都市部ゆえに、より大きな被害が生じることが想定されます。そこで青森県庁の方から実際に東日本大震災での経験を基に、被災直後で避難所に十分な支援物資がない時に、遠くに住む親戚がその人を探して避難所に支援物資を直接届けてくれた時には本当にありがたかった。万一、お手伝いに来てくれる高齢者が都市部にいるときに同じ状況になったら、受け入れ漁村からそのような支援をすることを約束に入れたらどうか、というものでした。これはいいアイデアです。

 

イ 一時的疎開先としての受け入れを約束(鳥取県智頭町方式)

 

次は、鳥取県庁の方からの提案で、すでに前例があることです。鳥取県の智頭町では、大災害時において被災地の避難所での生活環境が厳しいことから、被災者が疎開できる宿泊施設を用意する「疎開保険制度」なるものを設けています。

 

 (参考)鳥取県智頭(ちづ)町役場の「疎開保険」制度 

 ―みなさんお待たせしました。いよいよ田舎の出番です-

(内容)

1 募集対象 

・日本に住むどなたでも(先着1000名)  

2 疎開受入要件 

・地震、噴火、津波等を原因とする災害救助法が発令された地域の加入者  

3 疎開補助 

・智頭町内及び近隣町村で宿泊施設の確保・提供  

・1泊3食7日分(現金支給ではない、交通費は各自負担) 

4 保険代金(年間)   

・一人コース10,000円 ファミリー2人コース15,000円 など 

5 その他 

・年に一度地元の特産品(お米、野菜など)をお届け

・日ごろから民泊体験などでふれあい交流あり

これも良いアイデアです。こんなことは、構想が実現さえすれば、漁村にとって朝飯前です。

 

ウ 長期的支援関係の構築

 <生涯にわたった支援>

上記の支援はお手伝いいただいている間のみではなく、体力的にそれが無理になった後も、その方が都市部でお亡くなりになるまでこの約束を維持することが必要と思います。お手伝いを通じ知り合いとなった高齢者が困っている時には、必ず漁村は救いの手を差しのべると思います。

 <次世代への支援>

さらに一定期間以上お手伝いいただいた方には、この支援を一代限りにせず、指定する子供さんにもこの二つの約束を相続できるようにしたらいかがでしょうか。というのは、私自身に照らして考えると、私は大分の田舎で育ち、今は弟が家を継いでいますが、千葉にある自宅が大災害で失われたときに時には、なんとか一時的に助けを求め、転がり込めると思います。しかし、子供たちの付き合いのある親戚は東京にいるだけで、田舎にいません。すでに現役を終えた高齢者が、自立して家庭を持った子供に役立つことなど普通はありません。逆に介護などで迷惑をかけるだけです。しかし、自分がこの構想に一定期間参加すれば、自分が死んだ後も万一の時に、子供の家族がお手伝いした漁村に一時的な救いを求めることができる。都市部の高齢者がこの構想を通じ、子供の役に立つことができるという生きがい、それこそ漁村側からの何よりのお返しであり、ここに漁村と都会の「結(ゆい)」の関係が完成するのではないかと思います。

 

ついつい、また長文になってしまいました。暑い中、最後までお読みいただいた方に感謝申し上げます。でもまだ終わりではありません。次回(後編)はこの構想が現在の社会経済情勢下においてどういう意味をもつのか、その狙いについて述べたいと思います。

氷山物語9

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お盆にふさわしい「あの世とはこういう感じかも」の写真を用意しました。船内にいたら船のスピードがスローになり、時々「キュー」とか「ギュー」という音が外から聞こえてきます。こんなことは初めてです。デッキに出ると一面の濃霧で、海面は氷だらけ。海氷帯に入ったため、霧が発生し危険回避のため船速を落としたのです。南極海に浮かぶ氷には、大陸に積もった雪が固まった「氷山」と、海水が凍結した「海氷」があり、その後者に出くわしたのです。これは南極大陸に最も近づいた時に、一度だけしか経験できませんでした。海氷と濃霧の向うに太陽がかすんで見え、時々舷側をこする氷の悲鳴のような音が聞こえる、この世とは思えない不思議な感覚を味わえました。

 

 

 

 

 

1 comment for “漁村と都会の高齢者との「結(ゆい)」構想(中編)

  1. 柴田圭子
    2015年8月15日 at 4:53 AM

    佐藤さん、お久しぶりです。拝見しました。一体どうされてるのかと思ったら・・・ひたすらびっくりしています。すごいことをやっておられるんですね。
    帰省(?)を楽しみにしています。

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