TAC制度創設前後の20年を振り返る

早いものですね。

1996年(平成8年)に「海洋生物資源保存管理法(TAC法)」が成立してから今年でもう20年とのこと。よちよちTACと呼ばれたのも今や成人。その年に水産庁や県庁に入った新人も今やバリバリの中核職員です。最近あるところで、TAC制度があるのが当たり前という世代が多くなってきた中、今一度TAC開始以前も含め我が国における資源管理の流れというのをレビューし、若い世代に伝えておく必要があるのではないかという話が出ました。

 

意外でしたが、TAC法成立の20年前とは、私が水産庁に入庁した1976年(昭和51年)にあたり、その翌年の1977年(昭和52年)が、我が国の資源管理の大きな転換点である「漁業水域に関する暫定措置法(200海里水域法)」が成立した年でした。とすれば、ほぼこの間私は水産庁に在籍したことになります。しっかりとした事実関係は公的資料を読んでいただくとして、今回は、私が資源管理や国連海洋法条約(海洋法)の批准の仕事に直接かかわった経験などを基にし、TAC制度創設の前後20年、合計40年を振り返って、私のTACに対する見解を述べてみたいと思います。

 

1 誰もTACを導入しようといわなかった20年間の不思議

 

以下の資料1をご覧ください。これは私が「漁協経営:2001年11月号」(その後「漁業と漁協」に改名)に「新たな資源管理体制について(上・下)」として投稿した資料からの抜粋です。

ブログ20回資料1

 

この表には、1977年の「200海里水域法」成立から、2001年(平成14年)の「漁業法の一部改正(資源回復計画のための広域漁業調整委員会の設置など)」までの、資源管理に関する制度創設の推移が、簡単にまとめられています。

 

ここで皆さんに質問です。「海洋法でTACが義務付けられている理由は何でしょうか?」

答えは「沿岸国が排他的経済水域を設定できる権利の見返りとして、沿岸国に資源保存管理が義務づけられているから」ですね。

 

では次の質問です。「日本は1977年に中国、韓国に対し適用除外したものの、当時のソ連などに対し排他的な漁業水域を設定しました。でもTACを設定していません。どうしてですか?」

その答えは、「海洋法ではなく、国際慣習法に基づき設定したから」です。権利は主張しても義務は果たさなくても良い「国際慣習法」とはなんとも都合の良いものです。「何の事だかわからない」という方は、私が海洋法の批准に向けた国内法を整備するために、内閣外政審議室に臨時的に設置された「海洋法制担当室」に、1995年5月から翌年の7月まで出向したときのことをまとめた「国連海洋法条約について(月刊海洋/Vol.30.No.11.1998)」のp688にまとめてありますのでご覧ください。

 

実は、私も日本が1977年に排他的な漁業水域を設定していながら、なぜTACを設定しなくてもよいのかなど、当時は考えてもいませんでした。また、その質問をされても答えられなかったでしょう。しかも、1976年に第3次海洋法会議で非公式統一草案が提示されたことをきっかけに、一斉に200海里を設定した欧米各国では、TAC制度を開始していました。外国水域で操業する日本漁船はTACに基づく個別割り当てが当然でした。また、それ以前から日本国内における自主的管理において個別割り当ての事例もあり、漁獲数量管理による資源管理手法を日本の漁業者が知らなかったわけでもありません。

 

にもかかわらず、漁業関係者はもちろん行政や研究機関からも誰一人として「日本にTACを導入しよう」などいわなかったのです。しかもそれは、日本が海洋法条約を批准するまでの20年間続きました。これは今から考えると大変不思議なことです。しかし、私これこそ日本におけるTACという公的管理のもとの出口管理による資源管理手法の困難性・不必要性(わかりやすく言えば「役立たず」)を表している何よりの証拠と思います。

 

2 今日の資源管理の基盤を形成した「資源管理型漁業」の取り組み

 

上記1を読んで「資源管理に関心がなかったから、TACにも関心がなかっただけではないか」と思われる方がおられるかもしれません。しかし、決してそうではなかったということを、TAC制度創設前における資源管理の取り組みのレビューで説明したいと思います。以下の資料2をご覧ください(出典は資料1に同じ)。

ブログ20回資料2

 

ここには、1984年(昭和59年)の資源管理型漁業関連事業開始から、2002年(平成14年)の資源回復計画制度創設までの水産庁による事業の推移をまとめております。資源管理型漁業については、最近の若い漁業者や行政官の中にはその名前は聞いたことがあっても、かつて全国で取り組まれたその実践を経験していない人も増えてきていると思いますので、少し説明します。

 

まず、その定義は「資源の維持、増大を図りつつ、物質的な経費をできるだけ少なくし、付加価値をできるだけ多く実現する漁業」となっています。これは日本特有の資源管理へのアプローチで、欧米の資源管理が生物資源の数値的な管理から入っていくのに対し、逆に漁業経営から入り、生物資源の管理につなげていくものです。

 

上の資料1の図にあった1983年(昭和58年)の「参議院における資源管理型漁業の確立に関する決議」が、その後の水産庁における資源管理型漁業の推進のための組織、予算の強化につながる大きな働きをしました。その決議の背景には、200海里時代に突入し、周辺水域の重要性が高まったことに加え、全漁連の「第1回全国漁業協同組合大会決議」などを通じた資源管理に関する積極的運動の展開がありました。

 

このように、我が国の資源管理の強化は、組合運動として始められ、漁業経営改善策の一環として位置づけられたことが、公的規制から開始した欧米と大きく異なるところです。今からすると大いに違和感がありますが、なんとこの時に資源管理型漁業を推進するために水産庁におかれた担当班の名称は「沿岸経営班」だったのです。(その後これが「資源管理推進事務局」となり、さらに海洋資源対策室(TAC室)ができ、その二つが統合され現在の「資源管理推進室」に移行)

 その時の取り組みはどういうものだったか一つ事例をあげます。通称「マル管」と呼ばれた「沿岸域漁業管理適正化方式開発調査事業」においては、資源、経営、漁業の3つのモデルを連結したシュミレーションモデルを作成しました。我が国初めてのモデルとなった「伊勢湾いかなご漁業管理モデル」においては、量、質、コストを結合させ、漁業者に「どうして水揚げ金額まで予想できるのか」と驚きを与えたといいます。

 このように現場からの合意形成(自主的管理)による入口(漁獲努力量)管理を主たる手法とした資源管理型漁業を具体的に推進する「マル管1期事業」以降の事業の取り組みがあったからこそ資源管理の基盤が形成され、その後の「資源回復計画」の成功にもつながったと私は受け止めています。

 我が国ではTAC制度創設以前において、多種多様な魚種と漁業により成り立っている日本漁業にふさわしい日本型資源管理の推進に懸命に取り組んでおり、これが「TACをやろう」という声がどこからも出てこなかった主な理由といえます。

 

 

 仕入れたばかりのロシア漁業情報

 この原稿を書いていた時にある方から仕入れたばかりの情報です。日本海のロシア側水域におけるスケソウとマダラのTACやIQの設定がなくなるとのこと。その理由は、船が減って、関係なくなっているからだそうです。なんとマダラが増えすぎてズワイガニがとれなくなっているとか。TACやIQが漁業を救うと宣伝している方々には、「資源栄えて、漁業滅びる」というこれまた不都合な真実。こういう点からしても、あらためて資源、経営、漁業を一体的に扱う日本の資源管理型漁業の素晴らしさが証明されたのではないでしょうか。

 

3 突然のTAC真理教徒の出現に困惑

 

 海洋法は1982年に採択され、その発効要件には60ヶ国が批准することが必要となっていました。1993年にガイアナが60番目の批准国となり、いよいよその1年後に発効することになりました。日本は、深海底の部の修正協議が継続されていたために、他の多くの先進国とともに批准を見合わせていました。私は、久しく見なかった「海洋法」なる活字を新聞で見て懐かしく感じたほどです。中国、韓国との間に領土問題を抱えた日本国政府は海洋法の批准にどう対応するのか。その後のドタバタ劇は本日のテーマと直接関係がありませんので割愛します。ご関心のある方は「本音で語る資源回復計画」の7ページあたりをご覧ください。

 

いよいよ日本が海洋法を批准し(締約国となり)、排他的経済水域を設定するとなると、TACは義務となります。水産庁でその準備が始まり、当時宮崎県庁に出向していた私は、地方からの意見を聞きたいと求められたので「日本にTACを導入するなんて冗談でしょ」と言って、水産庁から不真面目だと顰蹙を買った覚えがあります(笑)。

 

もちろん、私もTACは義務となること知っていました。言いたかったことは、あくまで我が国の資源管理手法である自主的な入口管理を基本にして、それに支障を及ぼさないよう必要最小限に抑えるべきであるというものです。なぜなら、海洋法では「沿岸国は、自国の排他的経済水域における生物資源の漁獲可能量(TAC)を決定する」となっていますが、具体的なカバー率などが明記されておらず、その目的である資源管理が担保されていれば、例えばTACを1魚種のみに限定しても、海洋法違反にはならないからです。現に「お前の国はTAC魚種が少ないぞ!」と訴えられた事例は知りません。

 

さらに付け加えておきたいことがあります。本で読んだのか、それとも国連での海洋法会議に出席していた担当官から直接聞いたのか定かではありませんが、私の記憶に明確に残っていることです。それは、海洋法でTACが義務付けられた経緯です。もちろん海洋法採択以前から多くの国でTACによる資源管理が行われていました。しかし、TAC義務付けを強く主張したのは、なんと当時の遠洋漁業国であった日本や旧ソ連であったというのです。その理由は、海洋法第62条第2項にある「沿岸国は、自国が漁獲可能量のすべてを漁獲する能力を有しない場合には、漁獲可能量の余剰分の他の国による漁獲を認める」という規定にあります。それまでの遠洋漁業国の権益を確保するためには、沿岸国にTACを義務付けて余剰分を出させることが必要だったからです。

 

決して出口管理のTACが優れた資源管理手法であったことからそうなったのではなく、国家間の利害が絡む政治的な理由からといえます。そもそも入口管理の漁獲努力量の制限で資源管理をやってはいけない理由などありません。それこそ、沿岸国が主権に基づき決めればよいことです。それにしても、そのTACの義務付けがブーメランのように日本に跳ね返り、後日それで苦労させられることになったのは、全く皮肉なことです。

 

話を元に戻します。

次の項目で当時、瀬戸内海関係県がTACの導入をどう考えていたのかに触れますが、地方では私と同じように「必要最小限にとどめる」考え方が大勢でした。ところが宮崎県庁から戻ると、どうしたことか水産庁では「TACこそ日本漁業の輝かしい未来を拓く決定打」という雰囲気になっていたのには困惑しました。TACを全く疑うことなく、とにかくTACをやれば魚が増える、やらないものはダメな奴、という考え方に染まった役人を、後日私は「TAC真理教徒」と揶揄しましたが、それらの方の共通項として明治維新以来の「欧米礼賛」の癖が抜けきっていないのではと感じました。あくまで横文字の「TAC真理教徒」であり「漁獲可能量真理教徒」ではダサいのです。

 

それにしても、上記1で触れたように1977年の漁業水域設定後の20年間、誰一人として「TACは素晴らしい、ぜひやろう」などとは言わなかったのに、突然そのような教徒が出現してきたのは今もって謎です。一晩でコロッと態度を変えるのは、日本人の美点なのでしょうか、それとも欠点か・・・。

 

4 瀬戸内海漁業研究会報告を振り返る

 

 海洋法条約の発効を視野に入れ、「瀬戸内海水産主務課長協議会」が瀬戸内海へのTACの導入の是非、可否、問題点等をテーマに検討した結果をまとめた「瀬戸内海漁業研究会報告(1995年12月)」があります。私の記憶ではこのようなことをしたのは、全国でもこの海区だけであったと思います。瀬戸内海の漁業は、多種多様な魚種と漁業種類からなり、また操業海域が多くの府県にまたがることから困難な漁業調整問題も抱え、日本漁業の縮図のような海区です。それだけに、TACといういわば外国由来の異物の導入に対する危機感が強く、このような研究会が開催されたと思います。

 

そこで、その時にどのような議論がされたのかを、振り返ることは意義のあることではないかと思い、以下にその時の報告書からもっとも端的にTACに対する考え方が整理された部分を紹介したいと思います。

 

  2 瀬戸内海へのTACの導入の可否

瀬戸内海へのTACの導入は、

①科学的合理性をもったTACの設定は困難である。

②各県への漁獲割当、個別割当が難しい。

③漁獲量のモニターが困難である。

といった理由から、現時点において公的、制度的にTACを導入することは、現実的でない。 

しかしながら、TAC導入の条件をほぼクリア―できる対象生物、漁業種類については、資源管理型漁業の推進の観点から自主的管理の手法の一つとして導入を図る。

当時のTAC真理教徒は、「やる気がない」と受け止めたのかもしれませんが、私には瀬戸内海漁業の実態に照らし現実的な判断であったと思います。結果的に瀬戸内海関係県においては、TACに指定された7魚種の総漁獲量に占めるウエイトが少ないこと等から、「若干量」の配分となり直接的な制限を受けることはありませんでした。しかし、それゆえに瀬戸内海で資源管理が停滞したという事実はありません。むしろ資源回復計画第1号の「瀬戸内海サワラ」については目覚ましい結果を出し、それに続くカタクチイワシも資源は増加しています。

 

上記の報告書は、決して資源管理の必要性そのものを否定したものではなく、むしろ条件がクリアーできるならTACを「資源管理型漁業の推進の観点から自主的管理の手法の一つとして導入を図る」としています。この点は、私のTACに対する基本的考え方「TACは目的ではなくあくまで手段である。役に立つのなら道具として使えばよい。押しつけには抵抗せよ」と一致するものです。

 

私は、水産庁を退職後、漁業現場を経験し、先人が幾多の盛衰を経て体得した知恵を基にした資源管理型漁業の凄さが少しわかってきたような気がします。なにが凄いかというと、それは資源だけでなく、魚価や燃油などの経営環境の変動にも柔軟に対応し、生き残り策を仲間と共に模索していく漁業者の「適応力」です。資源管理型漁業の本質とは、環境変化に応じ漁業を構成する量、質、コストを自ら組み替えていくその適応力ではないかと思います。法律で決まっていますからと上から押し付けられた硬直的な公的管理や、ノルウエーでは、NZでは、などの「出羽守(でわのかみ)」学者の言うような「物まね」では時々の変化に対応できないことを、肌で感じているからでしょう。この報告書は、TACという道具をどう使うかは、漁業者がその適応力において決めると言いたかったと思います。

 

5 石の上にも3年、TACの上にも20年 

 

20年間、誰一人としてやろうと言い出さなかったTACを、やらざるを得なくなってから、さらに20年。この使いにくい道具を、協定を締結させたり、期中改定で資源変動を速やかにTACに反映させたり、ABCの算出に当たっての資源管理目標を多様化するなどの工夫を凝らし、なんとか使いこなしてきた水産庁の努力は、高く評価できると思います。

 

石の上にも3年座れば温かくなると言いますから、さすがに20年もやればそれなりに定着してきたと言えるでしょう。では、TAC制度の導入の効果という点ではどうでしょう。TACが石でなく剣山であったら何年座っていても痛いだけですが。多くの方が認める効果は、広域資源の管理の枠組み作りに役立ってきた点でしょう。しかし、それは広域漁業調整委員会が設立された以降においては、非TAC魚種でも同じです。また、TAC制度導入以前において生産調整を行ってきた業界においては、独禁法による適用除外が廃止され、実質上それに代わるものとしてのTACの役割は否定できないと思います。さらに、TACの目的に添えば、若干変則的ではありますが、沿岸漁業者が沖合漁業との間の漁業調整手段としてTAC導入を望んだスルメイカの事例もあります。

 

では、その他には何があるでしょう。おそらく「TACの効果はこれだ!」と明確にいえる方はいないのではないでしょうか。

 

というのは、TACという出口管理による手法でなければ達成できなかった資源管理事例を、隻数制限などの入口管理が存在しないか、ほとんどないに等しい外国においては、簡単に立証できますが、日本ではどうでしょう。そもそも漁獲努力量規制という入口管理が主体となった我が国漁業において、出口管理の効果を分離して立証することが困難と思うからです。

 

例えば、資源回復の成功事例であるマサバの太平洋系群において、それをTACという出口管理により達成したというのか、断続的な休漁という入口管理により達成したというのか、どちらとでも言えるからです。さらに、資源回復計画ではTACを設定せずとも多くの資源回復事例を達成しました。これも出口管理派にとっては不都合な真実です。

 

しかし、どちらの手法でも必ず必要なことが二つあると思います。それは、

・資源評価を基にした資源管理目標を達成するための漁獲率(F値)の決定

・それを協議・実行するための関係漁業者が参加した枠組み

です。

違いは、その目標とするF値の達成手段を、入口(漁獲努力量)にするか出口(漁獲量)にするかだけです。よって、そのどちらを選択するかは、資源や漁業の特性に合わせて判断すればよいだけで、TACでなければダメだという理由はありません。

 

いやいやそれは違う、過去においてまき網漁業は、定められたTACをオーバーしたことがあり、入口管理だけではダメで、TACは必須という反論があると思います。確かに、一見そうかもしれませんが、仮にそのTACのもとになったABCの算定における資源評価が過少推定であったのがその原因とすれば、修正された正しい資源量に基づく管理目標のF値はオーバーしていないと言えます。だとすれば、責められるべきは漁業者ではなく、資源研究者の方ではないでしょうか。むしろこの事例こそがTAC管理手法の欠点と言えるでしょう。

 

私の意見は、加入変動の激しい我が国周辺資源においては、資源管理目標としての漁獲量(いわゆるABC)はあっても良いが、あくまでもそれは目安であり、実際のF値管理は漁獲努力量による方がふさわしいということです。仮に、F値を10%削減しなければならない場合には、不確実性の高い資源予測から算出された漁獲量の10%削減ではなく、例えば操業期間の10%削減の方が適切ということです。

 

私の結論は、TACはこの20年間頑張ってきたものの、その出口管理方法でなければ資源管理ができなかったとはいえず、今後とも我が国の資源管理の主流は入口管理であるというものです。

 

なお、毎度おなじみの非漁民からの外圧に屈したのかのように、TAC対象種を拡大すべきとの意見が一部にあると聞いていますが、それこそ「お金と労力の無駄遣い」としかいえません。一つの魚種をTACの対象にするだけで、面倒な法律上の事務手続きと、そのための会議などがどのくらい増えるかわかりません。

 

TAC制度創設前の20年間がそうであったように、創設後の20年間も漁業調整を動機としたスルメイカを除き、資源管理のためのTAC導入の要望が、漁業関係者から出たためしはありません。これは、今も昔もTAC制度が我が国の資源管理には、ふさわしくないという何よりの証拠ではないでしょうか。

 

最後に念のため申し上げておきます。私は、TAC担当者はもちろん、TAC、ABCに決して恨みつらみはありません。TACも一つの道具です。道具に罪はありません。その道具を絶対視し、それを押し付けようとする「TAC真理教徒」を許せないということだけです。これこそ、私のブログ「器病(うつわのやまい)から脱皮せよ(後編)」で触れた、抽象的な理念で国民を統一しようとし、それを他国に押し付ける、まぎれもなくレフティズム(左翼主義)に似たものではないでしょうか。

 

氷山物語11

 

夏休みをとって、昔から行ってみたかったアメリカ西部のグランドキャニオンやモニュメント・バレーなどを家族と共に旅行してきました。さすがに、大自然は人間の作ったものとはスケールが違い、説明なしで圧倒されました。現地のガイドさんにあの岩は「○○に似ているでしょう」という風に説明され、そういわれればそうかもと思っていたら、実は別の岩を見ていたというお粗末。ということで、主体性のない方にも「○○に似ている」氷山をお見せしましょう。答えは写真の後に。

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(答)

王冠、カブトムシ、象さんのひそひそ話、オットセイ、ライオンの顔(ちょっと苦しいか)

 

 

1 comment for “TAC制度創設前後の20年を振り返る

  1. 2015年12月1日 at 11:16 AM

    海洋大の田中でございます。大変ご無沙汰しております。
    国会を含めて学術的にあまりにひどい資源管理論に見かねて
    資源管理の本を1冊書きました。大学のWEBページで無料で
    配信しております。ご覧いただければ幸甚です。

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