天(お客)に唾するJR東海の広報誌『ウエッジ』(前編)

どう考えてもおかしい

 

 先般久々に上京し霞が関界隈を歩いていた時のことです。真っ白な大きなボディーに檄文を書いた大型トレーラーが数台連なって近づいてきました。おどろおどろしい雰囲気丸出しで、てっきり右翼の街宣車かと思ったら、なにやら「食糧安全保障」や「拝金日本は食で滅ぶ」などが書かれています。これは、私の考えに近いではないかと思った時に、あの有名な「おかき屋」の社名が目に入ってきました。以前霞が関で働いていた時にもたまに見ましたが、これほど規模が大きくなっていたのには驚きました。

 

 さて、これに不快感を覚えた人は、どういう反応をすると思いますか。「このメーカーのおかきを買うお客がいるから、その金でこんなことをするのだ!」として「俺は絶対買わないぞ!」という行動をとると思います。世には万と「おかき」があるので別に困ることはありません。おそらくそのメーカーの社長さんもこのような街宣活動をすることで売り上げが伸びるとは考えてはいないでしょう。しかしそのリスクを承知で自らの主張を世に広めているわけであり、それはそれで一つの判断と思います。

 

では、東海道新幹線に乗って前のポケットに「魚を獲り尽くす日本人」という表題をデカデカと掲げたJR東海の広報誌『ウエッジ』(平成26年8月号)が入っており、その内容が嘘と偏見に満ち溢れた記事で埋め尽くされていたらどうしますか。漁業関係者なら「コノヤロー、日本の漁師を愚弄しやがって」と思うこと間違いありません。そして「おかき屋」に反発した人と同じく、「俺は二度と新幹線に乗らないぞ!」という行動をとりたいところですが・・・

 

残念ながら私の場合、なかなかそううまくはいきません。

三重県から上京する場合、名古屋まではJRか近鉄かの選択肢があっても、名古屋から東京へは、新幹線以外の移動手段が事実上ないからです。車内ワゴン販売が来る度に、販売員さんには何の恨みもないのですが、そこにある『ウエッジ』がついつい目に入り、不愉快な気持ちになります。かくして、東京までの2時間弱、新幹線の中でJR東海に対して腹の煮えかえる思いをしながらも、毎度我慢を強いられるのです。

 

この二つの事例を比較して、どう考えてもJR東海はおかしいと思いませんか。

 

『ウエッジ』は明らかにJR東海の経営理念に反している

 

新幹線は公共交通機関の代表的なものでしょう。日本国有鉄道から株式会社に分割民営化されたとはいえ、国鉄時代の巨額の累積債務を国からの税金投入などで処理した経緯等からしても、JR東海は一個人が創業しゼロから築き上げた個人会社ではありません。JR東海とは、不特定多数の国民が利用する公共交通機関を、国民の委任を受けて適切に運行管理することを使命とするきわめて公共性の高い組織と思います。ゆえに、東海道という人の往来の最も多いドル箱路線を、いち民間会社が独占できている理由と思います。

 

このことを裏付けるように、JR東海の経営理念には、

・健全な経営による世の中への貢献

・近代的で愛され親しまれ信頼されるサービスの提供

・明るくさわやかで活力のある社風の樹立

の3点が掲げられています。

 

では、虚偽と偏見に満ちた「魚を獲り尽くす日本人」という特集を広報誌に掲載することは、この経営理念のどれに該当するのでしょうか。「愛され親しまれ信頼されるサービス」に真っ向から反する行為としか言えません。いやいや、月刊誌『ウエッジ』は「株式会社ウエッジ」が発行しているものであり、JR東海とは関係がないという理屈は通りません。なぜなら、同社はJR東海のグループ会社であり、しかも新幹線という公共性の高い空間で、このような雑誌を積極的に無償配布または独占的に販売しているからです。

 

ネットで調べて驚きましたが、あのデタラメ記事はひとつの事例に過ぎず、過去においても『ウエッジ』の記事に対して強い反発や抗議が寄せられたことが多々あったようです。どうしてJR東海は不特定多数の国民を運ぶ、いわゆる「客商売」なのに、そのお客に反感を買うような記事ばかり掲載するのでしょうか。他のJRも含め多くの公共交通機関にも広報誌が存在しますが、JR東海のようにお客を怒らせる事例は知りません。例えば、JALやANAが那覇―羽田路線で「米海兵隊・普天間飛行場の辺野古移転大賛成」とかの記事を機内の広報誌に掲載するでしょうか。国民の見解が鋭く対立する政治案件については、その公共的立場を考慮し、自社の意見を表明するなどは絶対にやらないでしょう。ではJR東海だけは、なぜそのようなことを平然とやるのか。それは『ウエッジ』の編集方針で「日本を前に進めるために必要な施策を大胆に提言していく」としているためであり、経営理念への違反を承知の「確信犯」だからです。

 

 やるならよそでやってくれ

 

日本には「言論の自由」というものがあり、「大胆な施策を提言」をしたければ、すきにすればよいでしょう。しかし、例えば公務員のように法律に基づき公的権力を行使したり、公共性の強い立場にある個人又は組織においては、一定の制限というものが当然あります。JR東海のどなた様か存じ上げませんが大胆な提言をしたいのなら、公共性の高い交通機関の広報誌ではなく、一般の書店に並ぶ書籍や雑誌と同じ位置づけとすべきです。そもそも国民はJR東海には安全かつ快適な列車の運行を委任しているのであり、「大胆な政策提言」などまったく期待していないのですから。JR東海の公的立場と自分の政治的主張を「公私混同」している方に言いたい「やるならよそでやってくれ」と。

 

『ウエッジ』が一般の雑誌となれば、読者はそれを購入するかどうか、店頭で並ぶ多くの雑誌の中から取捨選択するでしょう。「魚を獲り尽くす日本人」のような明らかな嘘は、いかなる雑誌であっても容認されることではありませんが、仮にその主張に偏りがあってもそれはそれとして認められると思います。なぜなら、一般の雑誌では、他の雑誌と記事の中身で勝負するしかなく、それが虚偽と偏見に満ち溢れたものであれば、読者の批判にさらされ、発行部数が減少し倒産の憂き目にあい淘汰されるからです。

 

しかし、一般の書店でも販売されているとはいえ『ウエッジ』は根本的に違います。親方日の丸(JR東海)の雑誌であり、不特定多数の一般国民が公共交通機関で移動する間の空間と時間を占有できることを悪用し、新幹線内のグリーン車では無償配布、普通車では独占販売するという特権を有した雑誌です。このため、『ウエッジ』は、どんなに批判があっても新幹線からお客が逃げられないことをよいことに、JR東海の庇護のもと倒産の心配を全くすることなく、特定の政治思想を国民に押しつけるプロパガンダ記事を書きまくれるのですから、関係者は笑いが止まらないでしょう。

 

これは「優越的地位の濫用」に当たるのではないか

 

これは誠に不公平極まりないことです。新幹線のほかに実質上の移動手段がないお客に対し、自らの優越的地位を利用して、お客が望んだわけでもないのに、不愉快な思いをさせる広報誌を押し付ける行為。まさに、これは「独占禁止法」において規制されている「優越的地位の濫用」に当たるのではないでしょうか。

 優越的地位の濫用とは

自己の取引上の地位が相手側に優越している一方の当事者が、取引の相手側に対し、その地位を利用して、正常な商習慣に照らして不当に不利益を与える行為

 

私の解釈は、次の通りです。

 お客(A)がJR東海(B)を利用するということは、Aが「移動手段という商品」をBから購入する商取引に当たります。しかし、Aにとってその代替商品がないことから、Bとの取引が困難になると、Aの仕事上大きな支障をきたします。このため、BがAにとって不利益となる行為を押し付けても、Aはこれを受け入れざるを得ません。

 

名古屋から東京に行く「移動手段という商品」を手に入れるためには、不愉快な思いを受け入れざるをえないという実態、これは「優越的地位の濫用」そのものです。このような不当行為は一刻も早く公正取引委員会により排除措置命令が出されるべきと思います。 

 

JR東海を私物化するK氏が元凶か

 

このような客を怒らせる広報誌をなぜJR東海は発行するのか、その疑問はネットで少し調べただけで、すぐにわかりました。現在JR東海の代表取締役名誉会長をしているK氏の政治的思想が『ウエッジ』の編集方針に強く反映しているからのようです。

 

K氏の履歴をネットから拾い読みすると、

 ・東京大学法学部卒 日本国有鉄道に入社

・国鉄分割民営化に際し「改革3人組」の1人に挙げられるなど、中心的な役割を果たす。

・1987年:国鉄分割民営化により発足したJR東海へ

・1995年:JR東海社長就任、その後会長を経て、現在代表権を持った名誉会長

・第1次安倍政権時において国家公安委員、教育再生会議委員に就任 安倍首相のブレーン

・親米保守の論客として新聞コラムなどを執筆、正論大賞受賞

ということです。

 

私が不思議に思うのは、K氏が75歳という(超)高齢にもかかわらず、代表権を持つ名誉会長として今なお院政を敷き、社長就任以来の20年間JR東海に君臨し続けていることです。そもそも「名誉職」とは、「特定の法人その他の組織・団体において実質的な権限・責任の伴わない名義上の職」とされていますので、「代表権を持った名誉会長」など世の中から見れば「非常識」そのものです。K氏はJR東海の有力株主や創業者(あえて創業者といえば全国民でしょう)でもなく、いわばいち職員上がりにすぎません。それがなぜ・・・。

 

K氏の東大法学部卒というブランドの強さは、中央官庁の役人のトップがほぼその出身者で占められているように、もともと政府による国営事業として発足した巨大組織国鉄でもそうであったでしようから、分割後に社長になったのは理解できます。しかし、このような学閥ブランド志向の強い組織の人事は、トコロテン方式で下から次々と社長が上がってきますので、K氏が居座り続けるのは説明がつきません。

 

では、K氏がきわめて有能な人物ということでしょうか。国鉄分割民営化に際し活躍したとのことです。しかし、私から見れば巨額の赤字を抱え、かつ組織内に過激派を生み出すなど労務管理にも失敗した国鉄を、政治の力を借りて普通の私鉄なみにしただけで、これを功績とみなすのはどうかと思います。病人が普通の状態になっただけで、それを周りの正常な人に自慢するようなものですから。

 

そこでいろいろ推測すると、K氏の影響力の大きさは、分割民営化に取り組んでいた当時からの「政治家とのつながり」にあるのではないかと思います。その根拠は、JR東海の発足そのものが政治的な要素が強く、それを政治家に裏から働きかけたのがK氏ではなかったかというネットにあった記述です。

 

言われてみればJR東日本とJR西日本があるのに、そこにJR東海が割り込んでいるのは確かに変です。もともと東海道新幹線がJR西日本に帰属するはずだったのを、それではJR西日本が巨大になりすぎると東日本の政治勢力が嫌い、当時の運輸大臣が宮城県選出であったこともあり、JR東海として分離させたというのです。このためJR西日本はその後徹底した経営合理化を迫られ、あの福知山線の過密ダイヤによる列車脱線大事故につながったという説もあるようです。いずれにせよK氏が安倍内閣における政府関係委員に登用された事実、「安倍首相のブレーン」ということからしても、政治家との関係が強い人物であることは間違いないと思います。

 

K氏の「勘違い」の始まりはここにあるような気がします。私の役人経験から申し上げますが、役人の中には与党の有力政治家に取り入り、その緊密な関係をひけらかし役所内部での政策決定に発言力を増すものがいます。他から見れば「トラの威を借るキツネ」ですが、本人は自分の力と勘違いしています。政治的な駆け引きの中から生まれたJR東海。それを裏から操ったのがK氏だとすれば「俺が作ったJR東海」という「勘違い」が生じても不思議ではないでしょう。

 

トラの威を借るキツネの本性が露見した騒動

 

一部の週刊誌はその記事に取り上げた人物や組織から頻繁に訴えられる事例があります。「またか、懲りずによく書くなー」と思いますが、ある意味感心するのは訴訟を受けて立ち、最後まで「記事に自信あり」を貫くことです。ところが『ウエッジ』は、好き放題書いている割には、強い相手が抗議してくると大慌てで雑誌を回収するという醜態をさらしたのです。

 その醜態の痕跡は、『ウエッジ』社のホームページのバックナンバー(ただし、問題の記事は削除された後)の2013年3月号の冒頭にある以下の文章です。

【重要なお知らせ】

2013年2月20日発売の『WEDGE』3月号にて、編集内容の一部に数字等の誤りがありましたため、刷り直しました。定期購読のお客様におかれましては再発行したものを改めてお送りいたします。その他のご購入のお客様については、購入していただいた現物雑誌を着払いでウェッジ宛てにお送りください。再発行したものを改めてお送りいたします。 

 

数字の誤りがあっただけなら、次の号で訂正すれば済む話です。再発行する上に、訂正前の雑誌をわざわざ送り返してほしいとのこと。出版界でもこのことは異例に受け止められたようです。なにがあったのかは、『現代産業情報』2013年4月1日号に掲載された記事に詳しいので、その一部を以下に引用します。

 

JR東海グループのウェッジ社が発行する月刊誌『WEDGE』3月号(2月20日発行)が発行直後に「公共工事をめぐる記事のデータや数字に誤りがあった」として回収・再発行の措置をとった。

「問題となったのは『公共事業増で蘇った自民党建設族』の記事。公共工事の積み増しによる景気刺激策をバラマキ政策と批判し、その象徴的事例として和歌山県で建設が進む近畿自動車道紀勢線の4車線化や、和歌山県海南市の下津港の防波堤工事を“無駄な事業”として写真付きで取り上げた。これに自民党和歌山県連から激しい抗議があったのです」

関係者の話では、抗議は「数字の誤り」をとっかかりに、「著しい事実誤認に基づいた記事で、自民党の政策を誹謗中傷する記事に他ならない」と『WEDGE』を攻撃してきたという。

(中略)

『WEDGE』は「数字の間違い」を理由に3月号を回収し、「記事を削除したうえで再発行する」と発表。関係者は「それだけでない。その後も異例」と語る。「回収したのは書店や駅売店の商品だけではないのです。『WEDGE』は東海道新幹線のグリーン車の社内誌になっていて無料で持ち帰ることができますが、その持参客や自宅での定期購読者にも回収を呼び掛けたのです。

 

どうも和歌山県選出の自民党の有力政治家の怒りを買ったことで、泡を食ったようです。調子に乗って「トラの尾を踏んだ」のでしょう。当時、新聞、テレビなどメディアが『国土強靭化法案=バラマキ』との批判を強めていたということですので、記事の内容は、それはそれとして一つの主張でしょう。ご立派な編集方針「日本を前に進めるために必要な施策を大胆に提言していく」に基づき、JR東海は、いつものように抗議を突っぱねればよかったのではないでしょうか。

 

昨年の夏、資源の状態は確実に回復しつつあるにもかかわらず、「魚を獲り尽くす日本人」という明らかな事実誤認に基づき、日本漁業者を誹謗中傷する特集を掲載した際、抗議文をJR東海社長宛に送りつけましたが、その回答は「日常の取材活動等により得られた事実に基づき適切な記事内容に務めている」と、木で鼻をくくったような内容でした。

 

また、『ウエッジ』2009年12月号に掲載された記事「医師会が築いた医療の闇 メスを入れるのは今」において『ゾンビ』とまで愚弄された日本医師会が抗議した際は、ウエッジ編集部は『地道な取材の上、記事を作成・公表している』と、開き直りともとれる回答をしたとのことです。下品な言葉で漁業者を愚弄するのは、東京海洋大学准教授の勝川俊雄氏の得意とするところですが、これは『ウエッジ』という雑誌に寄稿する者の共通項なのでしょうか。

 

そういえば、先般7つの虚偽が満載されたNHK「クローズアップ現代」の番組に抗議した時にも「様々な取材で得られた事実を元に制作しており、虚偽の内容であるとのご指摘は当たりません」との回答でした。何か似ているような気がしましたが、なんと安倍首相に対し籾井勝人氏をNHK会長に推薦したのはK氏との記述がネットにあり驚いた次第です。

 

相手が弱いとみると尊大な態度に出て、相手が強いとなると態度を一変し、大慌てし恥も外聞もなく回収しまくる醜態をさらす。政治家の力(トラの威)を借りたK氏(キツネ)の本性が図らずも露呈した事例ではないでしょうか。保守の論客として「正論大賞」を受賞したとのことですので、ぜひそれに値するように後ろのトラに向かって正々堂々と正論を吐く姿を見せていただいたいものです。(以下、中編に続く)

 

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